ここはムーミン谷こと
フィンランド 埼玉の
🌲ムーミンバレーパーク🌲
そういえばすっかり忘れていたけど
ずっと来たかった場所
ある日突然
息子が軽井沢のムーミンカフェに行きたい
と言い、そこでムーミンと共に食事をしていて
軽井沢といえば
1番ムーミン谷っぽいのはむしろ
店の外に見えてるもみの木の森とか
北欧風の自然だったりして
カフェはまぁカフェで
でも売られていたグッズを見てたら
息子が幼児期に
家中がアンパンマンになるのは嫌だし
アンパンチやキックより平和を…と思い
よくムーミンを見せたり指人形や本を買って
一緒に遊んでいたなぁと
めちゃくちゃ懐かしくなって
三つ子の魂かな
そしてわたしも今
北欧の戦争前夜のようなNATOと対ロシアとの
ヒリヒリした世界情勢を感じては
いけない、世界はわたしが作ってる🐇
北欧の平和に、心温かな暮らしにフォーカス…
と思っていたから
混雑覚悟でシルバーウィークの
ムーミン谷へやって来た
駐車場までの道路渋滞はあるものの
他のテーマパークに比べれば
ずっと穏やかな混み具合
むしろ小さな子ども達のキャッキャという
可愛い声がそこらじゅうで聞こえて
ものすごく耳が癒される
子どもの声が響くということは
騒々しいBGMや絶叫マシーンが無いわけで🎢
ストレス自体が非常に少ない
そして
息子はきっと来年は中2病になってw
親と遊園地になんて来てくれないだろうから
今年はギリギリ一緒に
可愛い世界に来れてよかった
が
なんとここへ来て
ムーミンの世界観に覚醒したのは
『ムーミンてカバでしょ🦛?』
と言っていた(妖精です)
ムーミン偏差値1の夫w
原作者であるトーベ・ヤンソンさんの
展示館をくまなく見て
『ムーミンがこんな哲学的な物語だとは
ぜんぜん知らなかった』
と言っていたく感動
それもそのはず
母国フィンランドでは小学校から大学まで
生き方としての正規の教材なのに
日本版の昭和アニメのムーミンは
怒ったり叩いたり暴力シーンもあり
そして戦争の描写も
平和主義の世界観から勝手に大きく逸脱し
原作者側から再放送すら認められていない
それしか知らない世代
展示館のギフトショップで
夫は、本やらTシャツやらキーホルダーやら
誰よりお土産を買ってw 可愛い〜と沼る
わたしがパワスポに呼ばれたとか言うみたいに
俺がムーミン谷に呼ばれたんだ
と言っているw
でも確かに
ここの展示はアートの演出も思想の伝え方も
本当に素晴らしくて心温まって
ムーミンの繊細な世界は
HSPの人に刺さるのだなぁと思った
ムーミンの絵本の世界に入ることができ
ムーミンとともに物語の世界を歩く
最近、息子がプライムで
綺麗な3Dバージョンのムーミンを見ていて
ムーミンと同じ過保護の一人っ子だけに
何かと共感できるのだろうけど
日本のアニメで一般的な
戦闘や成功や達成や
ジャイアン的な奴をギャフンと言わせることや
月に変わってお仕置きすることが
話しの主軸ではなくて
優しさと曖昧さ、季節の移り変わり
見えないものと自然と
御先祖さまと愛と
何がゴールということもない日常の風景で
わたしも、この物語の中には
どうやって楽しく生きていけばいいか
すべてがあるなぁと感じていて
もしそれを見て
展開の緩やかさや言葉の曖昧さに
物足りなさを感じるなら
わたしたちはスピード感や刺激というものの
中毒になっていて
ヒリヒリした戦いの世界情勢を生んでいるのは
やはりわたしたちの心だということ
わたしが好きなエピソードもなんてこともない
ムーミンママが家政婦を募集する話しと
御先祖様に出会う話し
ぜひ、満ちるのか、飽きるのか
試してみて
ムーミン屋敷の中には
入ることができて
アンティークな家具やほっこりする暮らしは
うちとあんまり変わらないけどw
世の中はどんどんシンプルモダンになり
機械的にスマート仕様になる一方で
心は刺激とスピードばかりを求めてしまうから
『小さな日常世界にひそむ本来的な偉大さ』
を感じられる一つ一つのものの味わい深さは
やっぱり大切だなぁと思う
わたしの部屋かと思ったw
優しすぎる大らかなムーミンママは
全母の鏡だと思われ
そしてこの小さくて可愛いキッチンで
毎日パンケーキを焼くのだな🥞
グルテンフリーの我が家ではいつも
おやつにはパンケーキでなく
信州蕎麦粉のガレットを焼いていて🍳🇫🇷
更年期にはバターが少々必要らしいし
蜂蜜やメープルシロップやフルーツソース系か
息子ならチーズや卵やトリュフ塩のおかず系で
蕎麦粉の備蓄があるからいつでも作れて
何より美味しくて子どもが菓子パンやケーキを
食べたいと言わなくなる
小麦粉中毒の緩和に、ヘルシーでおすすめ
で
ムーミン哲学に目覚めた夫は
もともと男性にありがちな
スピリチュアルアレルギーがありw
疑問と信仰は表裏一体
哲学(疑問)はいい入り口だと思う
なぜなら最近
夫にちょっと大変なことがあり
だから高次の話だいじ〜
ムーミングッズや北欧雑貨に
目を輝かせ、買いすぎているパパを見てw
息子がひとこと
『北欧ってさ、寒い土地だから
物にも何にも ''ぬくもり'' があるんだね』
たしかにー
夫が買っていたキーホルダーは木彫り
世知辛い世の中で父親が求めているのは
ぬくもりでもあるのか…
と思ったら、同じくレジに並ぶ家族で
母と娘たちの
『まさかお父さんが1番ムーミンにハマるとは』
という会話
見れば、そちらのお父さんも何やら
色々1人でグッズを買い込んでいたw
ぬくもり求む父たちよ…
やっぱり経済のため
どこに向かっているのかも分からない
競争社会から
お金を必要としていない
本当の幸せを知る暮らしを実現している
ムーミンパパは憧れかな
テレビもスマホも無いムーミン谷では
家族の夕べの楽しみといえば
お父さんの経験・冒険した物語を聞くこと📖
会社の愚痴じゃなくて
冒険談を語るなんて
どこの家でもできてないんじゃないかなー
そしてわたしも
ムーミンの物語を全部見て
ムーミン谷に一日浸って感じた
大きな変化があり
現代人のわたしたちが非常に疲れるのも
心がすぐに荒んだり
自分を否定するようなことに陥りがちなのも
白か黒か、善か悪か、光か闇か
正解か不正解か、右か左か
誰が正しくて、何が絶対か、叩き合い
そこに決着をつけなければ気が済まない
電子頭脳的な、科学信仰で
間違いや曖昧さを許さない世界にいるからで
しかしこのムーミン谷にいると
この人って…人間…?
ニョロニョロって一体何?
なんでそうなの?なんで黒いの?
そんな答えの無いところに
もはや疑問はなくて
ただそうだから、そうなんだよ
ていう
すべてが緩やかな定義で存在し
会話の中にも
つかみどころのない
ふわっとした回答や謎な言い回しが多く
それってどういうこと?とは
誰も追及しない
そう、追及されない
追及したくならないから疲れない
わからないことはわからないままに
わたしは海外のヒーラーの方から
''スピリットにナゼと聞かないで下さい''
と言われて
なぜだろう、と考えるのをやめ
ただやることにし、移住した
すべての物事の
アウトラインがハッキリしてるのは
この3次元の物質世界特有のことであって
高次の世界はすべてが曖昧で混じり合い
あなたがわたしでもあって
AがBとも言えて、すべてが一部でもあって
理由もない
なぜなら''時'' の無い世界では
今の間違いが
未来の成功の種にも見え
何にもNOという必要もないし
YESをする必要もなく
する意味もない
領域もなくゼロポイント
曖昧だから優しい
その感覚が染み込んでくるのがムーミンで
だからムーミンは妖精で
妖精だから自然と共に生きていて
その次元のおはなし
人類はこれから
妖精に近づいてゆくという🌿
宇宙存在いわく
未来の人類は、いわゆるエルフのような
妖精的な風貌をしており
姿を変える能力でもって
自由な形に変わることができ
つまり、もっと曖昧な存在になるらしい
だからわたしがムーミン谷で得た
曖昧な優しい感覚は
古典的なようでいて
これから必要になる
未来の人類のそれなんだと思う
そしてその次元には
もう激しいコントラストはいらない
穏やかな緩やかな日々にも
ちゃんと気づきがあって
絶望と絶頂のジェットコースターは🎢
妖精の世界にはいらないのだ
人間はとにかく騒々しい
自分たちで落っこちては絶叫してる
そうしてこの騒々しい世界の人類も
やがて植物のように森のように
静かになってゆくのだろう
ムーミンパークには
パークだけど城がない🏰
王にもプリンセスにもなる必要はなくて
代わりに家と自然があって
そこで展示されてるのは
''暮らし''だけ
平和は地位と権力と富の中にはなく🏰
家と自然の中にある🏠🌿
トーベ・ヤンソンさんの展示で
わたしが一番感動したのは
美しい絵画
こんなに素晴らしい画家が
そこで終わることなく
貧しさと戦争という背景から
平和で幸せなムーミンの世界を生んで
だからこそ
世界中の人がその尊い平和を求めた🕊️
戦争と平和はこうしてセットで創造され
いま、またその時が来てる
平和を生み出すときが
そしてそれは ''暮らし'' と ''自然'' のなかに
帰り際
飲食店の窓ガラスにオイと呼ばれ
目をやると
ムーミン谷にはあるはずの無い
わたしの隠れサインを見つけて🐇
ギョっとして
やっぱり呼ばれていたのはわたしかもw夫よ
そうそう
すべては夢w
ここに今すぐ
わたしたちは平和を創造できる
妖精だって人間だって怪物だってなんだって
同じ幻
ぜんぶ不思議でなに一つ定義のできない
何でもありのこの世界
ただそうだから、そうなんだよね
あーみんな良かったね
トーベさんは不思議の国のアリスの
挿し絵を依頼されて
でもそれは破断になったという縁があり
おかげでムーミンが生まれてよかった♡
光も闇も受け入れて
白でも黒でもなくグレーでいようとか
中庸が大事、ニュートラルでいよう
トリニティな視点を持とうとは
スピリチュアルの基本で
わたしも真ん中であろうとしてきた🧘🏼♀️
でも
白と黒を混ぜたらグレーじゃなくて
ピンクになっちゃった🩷
とかっていう
説明のつかないことも
目に見えなくて掴みきれないないものも
そうかもしれないし、違うかもしれなくて
正解が無いってことにも
もう追及したい気持ちも
解明したい気持ちもなく
そんなふうに人も自分も
受け入れることが出来て
なんでもよくって
そこに平和と安心があって
それはただ広い
愛なんだな、と思う
LOVE♡
永遠無限の愛を…✨


































