美的私道♡ -12ページ目

美的私道♡

深い癒し˚✧抱擁˚✧₊母なる地球の美˳✧༚暮らしの美˚✧魂の美へ˚✧₊
東京⇒長野⇔奈良♡MUSE公式LINE♡メッセンジャー♡庭のguardian‍‍♡男の子ママ♡


こんにちは✨妃十三です♡




霧のなか


黄金に染まる白樺の森と


秋の色



秋晴れ、じゃなくても

 やっぱり秋色がこよなく好き ♥️


生命力を もらうから



まもなく息子の心臓の術後半年が経過

投薬治療もこれにて終了


そういえばこれまで、ハイキングはしても

あまり登山はできなかったから

山の装備はたいして必要なく


改めてmont-bellに行き🇯🇵

今さらの装備を揃えてみたり

生命力♥️


息子に何かあったら怖いからと

田舎にいるのに思えばキャンプなんかも

したことはなく🏕️


ゆるキャンを視聴する日々w


最近は熊問題もあるから🐻

車中泊できる大きなバンを試乗しに行き

気に入ってみたり


でも熊は今🐻

標高の低い山から里にどんどん降り


我が家の標高650mエリアにある山々は2000m

もともと熊や鹿や狐と共に暮らしており

例年より町への出没はむしろ少なかった


我が家からすると大都会の長野市など

標高が300m下がると熊出没はやはり増加中


今年は人生で初めて

親戚のやっている囲炉裏の温泉宿で



猟師さんによる獲れたての

山の王の肉を食し🐻

それはそれは驚いたわけで



農家同様に猟師は減り

人間は熊などより畜肉をタンパク源とし🐄🐖


人は都市に集まって

山間部は人より熊の数ばかり増え

バランスを欠いてる


街で駆除された熊も本当は人間が感謝して

自分の血肉にして共に生きれば命も巡るし

ただ殺されるより有り難い栄養になるけど




自然が一段と深い郷で

山の動物を食糧にするのは

安全に共生するバランスを保つ為でもあり


森を伐採して巨大な牧場を作ったりしない

むしろ自然界への配慮ですらあるから

山の神に許されている



山を歩き回り引き締まったお肉は🐻

きっと本来の日本人の体に適していて


毎日気軽に食べるものじゃなく🍔

たまに出会う天から与えられた贅沢な栄養で


頂いた後の毛皮は家宝として大切に飾ってあり

豊かさの象徴や男の強さの証みたいな感覚がした



とはいえ初めて肉を食したあの時


わたしは体が大変なことになり

湯あたりか…山の神か…

なんて言っていたけど


あれは、すべてに宿る神との一体化💫

みたいなことで要は

熊は山の命すべてを食し取り込む山そのもの


以来わたしは

熊の気持ちが分かるようになったw🐻


日本人はきっとそうやって

自然界の命すべてと繋がって

誰もがある程度の霊力を取り込んでいた


そんな気がする



その熊の気持ちは一言で言うと

豚など家畜は人間の意思により生死を決められ

命は人に委ねられているけど


熊など山の野生動物は

母なる大地の、大いなる生命の意思により

生かされている存在だってことで


エゴの存在であるわたしたち人間と

同じ感覚にはなく

もっと全体として全の意識で生きている


ニュースで


温暖化により食べ物が無いから熊が市街地へ

人の味を覚えたんだと言われる度に

モヤモヤする感覚があって🐻💭


神州も今年は暑かったし

近所の山には熊が沢山いるけど


町じゅうに柵なしで溢れるほど果実が実り🍎

人間ですらうっかり頂きたくなるのに

熊はそれを一つも食べに来たりせず


ほんとうは

そんな個人的な理由で山を降りてきていなくて


大いなる意思に従って

人間によって切り開かれすぎた土地に


種を蒔きに来ていて🌱💩


熊は、動物は、山で食べた樹木の種子を糞にして

大地に種まきをして歩いてる🌰💩🌱


森の守り神であり

アースキーパー


駆除されるかもしれなくても

樹木を増やしながら生きてる


だけど樹木を減らす人間により大切な原生林は

人工林、ゴルフ・スキー場.メガソーラー等になり

種子の保存は急務 ➰💩


もちろん野生だから破壊が進めば

タタリ神にもなるけど🐻⚡️


市街地にばかり熊が増えているんじゃなく

山の植樹は間伐など難ありと知ってか

植えるべきところは結果的に市街地🏙️


そこを森に戻そうとしていて🌱🌿



人間は自然を取り戻し

共生しないともう生命は存続できないのに

人間がやらないから熊がやりに来ている


それが最近嫌われている熊たちの言い分w

と、感じたりして🐻


津波が街に運んでくるのも結局は泥であり土

コンクリートを土に還そうとしていて


海の神も、山の神も

もう最終手段のところまで地球は病気になり

オーバーヒートしていて


もしそれに気がついて

街はコンクリートから土に戻して森は育てて

そうしたら熊も津波も来る必要はなく


御神木の立ち並ぶ神社に津波が来なかった例は

そこら中で残っている


放射能汚染の酷かったチェルノブイリの

立ち入り禁止区域は自然界が勝手に浄化を進め

今は動物達の楽園になっており


オオカミ達は

高い放射線に対する遺伝的変異を生み

力強く繁殖していたりする


そんな大いなる意思が全体には働いている


人間も目覚めたなら

楽しいことをするとか稼ぐとかの向こう側で

そういった個人的な枠を超えた気づきが起き


まるで熊みたいに無意識に地球の意思に気付く



部屋に観葉植物は無かったけど、置いてみたら

窓に、庭に、太陽に向かって

一生懸命にどんどん手を伸ばしはじめて


すべての植物は大地に還りたいのだ…

と思わずにはいられず

やはり植物は庭に、と思った


家畜と同じく

観葉植物なんていうものは本当はなくて

人間が決めただけで


木は全員地中で繋がりたいし

アスファルトの地面も土に還り

光を浴びたい



話しは熊意識から人間意識に戻りw


息子の体調を怖がって

やらないことが多々あったわたしに🏕️


 "ママの人生はつまんなそう" 

なんて酷い言われようだったのだけどw


わたしの内なる歓喜は外から見えずらく

基本は常に地味な暮らしw🧘🏼‍♀️



逆に夫なんかは分かりやすく楽しげだから


会社の社員ほとんど全員くらいを巻き込んで

部署や年齢の垣根を超え

チームを結成し➰⚽️取りまとめ


下請け会社など社外の部員まで増えまくり

部活かっていうくらい楽しんでいて


会社側としても、社員が飲み会もせず

かつてなく健康的で調和して🏃🏻‍♂️

良い影響にある為、活動費用を出してくれている


1人の健康的マインドの人間がいると


会社全体、しいては社外にまで

その影響を与えるほど波紋とは広がるもの



東京の企業を辞めるとき

夢の職業を手放し後悔しないかな…と思ったけど


わかったことは

営利目的でスポーツに関わるより

自分が選手として純粋に楽しみたかったんだ


宇宙は常に

良き流れの中にある



で、わたしはといえば

息子にブログなんかを読ませたことはなく


学びの多い息子の言葉を書いた際

リブログし記事にして下さった方がいたから


"ほら見てごらん君の言葉だよ〜"  

と、見せると


「え、大好きな妃十三さん、て書いてるよ。

これってママのことなの?」と驚いているので


そうだよ、沢山の人がママの伝える言葉を

こうやって読んで、心に留めたり、感動したって

いつも愛を伝えてくれるんだよLINEとかでも

と教えたら


「ママって、すごく幸せなんだね…」


と、"ママってつまんなそう" から昇格w


伝える言葉が誰かの心に植えられ花開く🪷

それはまことに幸福なことだと

いつも思う🙏


ましてこんなマニアックなスピ界隈でw


その内なる幸せは

歌を作る人や本を書く人もそうだろうけど


生み出す言葉は魂そのものだから

メッセージはとてもあたたかに感じている♥️


息子は、わたしのインスタが

1000万再生されてるのはよく横で見ていたのに

それを幸せだね、などとは言ったこともなく


ふーん、という感じで


この地味な内なる幸せが分かるのだから

君も幸せであれるよ🪷と思った



また


わたしたちが紡ぐ言葉のチョイスとは

その人の存在する次元を決めている大事なもの


だから

怒るな、愚痴は言うな、汚い言葉を吐くな

と、よく開運界隈ではいうけど


あれは運氣が下がるからというより

単に現れている次元が下がってしまって

益々悪い現象に繋がるから


わたしたちは毎瞬

自分の現れるパラレルをチョイスする為に

言葉を用いていて


それは死後の階層すら

たった今の言葉の選択だったりで

決めているから慎重に


心の中の毒づきすらそう


「バッカみたい」と思えば

そのバッカみたいな密度に移行している


だから

美しい自然を、花を目にして

素敵だな、綺麗、愛しいな、と思うその言葉は

自分への愛の言葉となり


どんどん素敵な領域に自分を移行させる


だから部屋に花を飾るのは大事で

美を目にするのは毎瞬とても大切で

鏡に写る自分を美しくしてあげることは重要で

地味な暮らしでも花やかに



 心に響く 言葉のため🌹


わたしたちは現れる力💫

言葉は力



思春期にさしかかり

なんか声が掠れる〜と悩んでいる息子に


いよいよ声変わりだね!と言ったら

ボクもパパみたいな低い声になっちゃう?

と心配するので


パパは本来イケボだったはずなんだけどw

おじさんは社会で揉まれまくって

心が濁っちゃうからガラガラしてるだけ


と、教えたら

どうすれば人は心を清く保てるのかと

聞いてきた


確かに、言葉も次元だけど

音声は周波数だし

思春期に声と共に人間の周波数は急降下する


龍的存在としては

その時の心配をしているのだなーと思い


お風呂で体を清めるように

いつも心を清めればいいと話す


池の水が、不純物で汚れて濁っていて

水面が波立っていたら

水底はまったく見えないから



不純物を取り除き、水面が凪ぐようにする


不純物が余計なマインドや邪念だとしたら

波は感情で

そして水底は本質


本質が見えるようにしておく必要がある


瞑想をすると

心の不純物が取り除かれ、感情は凪ぎ

あるべき状態になれる


あるべき状態っていうのは


水が綺麗すぎて、透明度が高すぎて

ゴミも不純物も一つもないと


水底がありありと見え

お魚が宙に浮いて、ボートが宙に浮いて見え


在るはずの水が

まるで無いように感じられ

安曇野の水


この、"在るようで無い"


水が "在るのに無い"


という

マインドがすべて消えてゆく状態が

清まりきった

本質そのもので生きられる状態


「ママは毎日瞑想して、自分自身が

在るのに無い🐟のとこまで澄みきったら

寝るようにしてる

そうしたら悪夢は見ないし明晰夢になるでしょ

意識が透明であれたら

そしたらきっと声変わりしても

ガラガラ声の大人にはならないよ」


と伝えると

わかったー清まるー🐟と言っていた


男子の思春期の邪念は手強いからw

どうなることやら



内閣が変わり


マスコミも人も

現代ではアレコレと意見をする時代で


あらゆるシーンで

みんな自分の正しさを主張して


熊を殺すな!早く駆除しろ!

この抗議も一日中鳴り止まないのだという


また自分も家族のため自分の為にと

何が安全、何が嘘、と考えながら生きていると


つい人の行為にそれ大丈夫?と思ったり

正しさを振りかざそうとして


逆に注意喚起してくれる人を神経質に感じ

疲れてしまったりは

誰でもあると思う


不快な人、不快になってる自分

そんな状況になったら


みんな最善であろうとしているだけ


それぞれが己の最善であろうとしているだけで

利己的になっているわけではない

と識ると不快は消えてゆく



最善であろうとすることは愛

それも愛なんだ、と気付くと誰も悪くない


悪いことをしてる人すら

その人だけの最善を自分の為に選んで

実行しているにすぎず


より広い範囲の最善を選ぶ人は正しく見えるけど

それですら全ての角度から正しくあるのは無理


わたしも熊を食べたくせに

スーパーでクジラが売っていると

クジラの深いスピリットを想い不快になり


浜に打ちあがったクジラをただ処分するのと

一昼夜感謝の舞を踊って有難く頂くアイヌ民族

はたしてどっちが酷いというのか


みんな最善なんだ、と思うことは愛



そして最近
いろんな時空のバグが起きていて

古代の扉が開いてみたら
そこにいるのは未来の自分だったり

つくづく時間軸は一直線上にはなく
まるっと繋がっていて
同時にあって

例えば「未来は縄文時代に戻る」という
たまに耳にする言葉を

「実は縄文は未来にある」と言ってみると
時空が直線ではなく丸になるのを
体感しないだろうか?

わたしたちには無限に思い込みがある

過去は後ろにある
地味はつまらない
好きを仕事に
観葉植物を部屋に
家畜はよくて野生動物は食べてはいけない

いろんな思い込みがジャッジが消えてゆき
そのバグにより進化は進む気がしている

すべてが今にあり

この囚われのない円の中に



ありがとうございました♡

永遠無限の愛を…✨