長男(3歳)の病気が再発した。
初発は2年前の10月(私の誕生日の次の日)に診断され、1年の入院治療とその後1年間通院し抗がん剤を飲みながら頑張ってきた。もうあと数か月で内服の治療も終わると思っていた頃、本当に残念なことに再発が分かった。
それは初発の時から2年後の、またまた10月。
初発の時長男はわずか1歳1か月。
当時も悲しみに胸がつぶれそうになったが、再発がわかったときのショックは言葉に言い表せない。
私たち家族は2年前より家族が1人増えており、親も高齢になっているし、もはやこれまでと同じように親に通ってもらっての生活では無理だと判断し、隣県にある私の実家に引っ越し、両親の世話になりながら長男の入院先に通うことにした。それに伴い長男も病院を転院したが、治療実績や評判は今までの病院以上のところが幸いにも市内にあるので、助かった。
長女(5歳)は保育園を泣く泣く退園し、実家から通える保育園に現在入園申請中。次男(0歳11か月)についても同時に入園申請しているが、待機児童問題から難しいだろう。
パパは新幹線で通勤することが許され、会社を辞めることも家族がバラバラになることもなくいられる。
現在再発が分かってから1か月と少しが経った。
まだ初めの寛解導入療法がやっと半分を過ぎたところであり、寛解ができていない(確認できていない)時点で、しかも発熱とCRPが高い状態から治療ストップという現状で、正直毎日毎日心をすり減らしている今。
今、ブログを書こうと思ったのは、長男が将来どうすればこの逆境に負けずに生きていけるか、少しでも心を軽くできるように、と願い、思いついたことを書きとめようと思ったから。
入院してすぐ両方の睾丸は摘出した。
この子は、もう子供は作れない。
見た目の問題。声変わりや喉仏が出るなどの二次性徴は、治療しなければ、ない。
ステロイド治療を長くやっているし、家族歴からも、糖尿病や高血圧症になるだろう。
そのほかこの先の治療によっては、低身長、内分泌異常、知能障害、皮膚の異常、二次がんなどの本当に様々な晩期障害が出る可能性がある。
わずか3歳で、なんて多くの荷物を背負うことになってしまったのか。
ハンディキャップとともに生きるこの子に、私はなんて言って励まし、ともに生きていってあげられるか。将来ほかの子と同じように、親の元から自立できるようにするためには、私は何が出来るだろう。
このブログはその問題の答えを出すことを、常に私自身に課すための、もの。
そして、必要に応じてこの子に提示できるように。![]()