※はじめに言っておくと、ただの個人の独りよがりな感想です
哀愁を帯びている、それでいてその先に希望がのぞめるようなメロディ
歌詞も夢や自由を求める者の背中を押すような、それでも帰るところを残してくれるような…
きっともっと深い意味があるのでしょうが、わたしにはこのぐらいの解釈しかできません。
確かオリンピックが行われる2020年、選手だけでなく今を生きる若者へ贈る曲という位置付けだったと思うのですが、ちょっとウロ覚えです…
とにかく、今日本で最も注目されているアーティストである米津玄師さんが国民的アイドルである嵐に書き下ろした楽曲。
なんか…もったいない…というか…うーん。
私は嵐のファンですが、これ嵐が歌うのがベストだったのかなぁ、という感想です。
まあ、嵐が歌うために米津玄師が作ったのだからこれが正解なんでしょう。
嵐だけではなく、後々「パプリカ」みたいにみんなで歌える曲という位置づけかもしれません。
でも以前「ふるさと」という曲を歌った時はこんなこと思いもしませんでした。
米津さんの曲だから余計に期待してしまったのかも…
そして米津さんが歌ったらどんな感じになるんだろうと思いを馳せずにはいられないほど、米津玄師という一人のアーティストに魅了されてしまっているのかもしれません。
これは私だけでなく一般の(嵐ファンではない)友人も同じ意見でした。
「音楽の日の大トリが『カイト』ならば、米津玄師で聞きたかった。」と…
今の人気を考えたらそう思ってもしょうがないかもしれません。
そして、嵐はもっと嵐にあった楽曲の方が良かったのではないかと思ってしまいました。
(音楽の日の大トリは話題の曲であるカイト以外はあり得なかったでしょうが。)
実際10年以上前の楽曲を2曲披露していましたが、はっきりいってファンはそちらの方が盛り上がってました(最近地上波で披露してなかった、嵐が全力で踊っていた、という理由もありますが)。
国民的と言われるよりも前の楽曲。
ここまでの人気を少しづつ押し上げてきた嵐らしい楽曲。
繰り返しますが、あくまで勝手な私見です。
なんだか、お互いもったいないなと思ってしまいました。
いくら有名なアーティストと国民的アイドルがコラボしたといっても相乗効果で、ものすごい反響があるわけではないんだなと。
でも、これから先…と言ってもあと半年をきりましたが、歌われたり、どこかで楽曲が流されたりするうちに、また違った印象になるかもしれません。
ジワジワと浸透して、楽曲の魅力と嵐の魅力で歌い継がれる歌になるかもしれませんね。
とりあえず今は「感電」が聴きたいです(笑)