年齢が上がるにつれて、体調が変化していくことは仕方ないのだろう。
ひきこもりの状態が若者時代にあった、数年の時が止まっていた感覚に
比べたら、現在の時の流れを実感して年齢の上昇および体調が変化していくことに
マイナスな感情はない。
最近は8050問題など9060問題などを見聞きして久しい。
今まで、7040問題もあったっけ・・・。
まあ、ひきこもりの支援団体にも善し悪しがあると思う。
結局は、その団体が自分に合うかどうか?フィーリングの合致が問題なんだろうと。
ただ、個人的な意見として、ひきこもりの当事者団体ということで、
どんどん業界として拡大していることははたしてよい面だけだろうか?
時が止まっているから、年齢だけがスライドして7040問題→8050問題→9060問題となっている??
問題を先送りした結果・「ゆっくり様子を見ましょう」など見守るだけで時が流れている状況に他ならないと思える。
まあ、ひきこもりの活動がどんどん拡大していることは、
注目される上では必要だと思う。女性のひきこもり(主婦のひきこもり)なども着眼点もすごいと思う。
ただ、女性のひきこもり支援を含め、ひきこもりの団体が継続していくだけでなく、
過去にいろいろなひきこもり状態の経験をされた方々が、
一般の社会の中へ戻っていくことへの支援が大事なのでは?と、最近は思う。
社会の中へ戻っていけるのだという実体験も、
次のひきこもりや不登校の当事者世代へ引き継いでいけるだろうし。
当事者の運営側も、どの程度、時代に沿ったひきこもり状況を理解しているか?も、課題であろう。
当事者のスタッフの時代のひきこもった実体験はその時代背景も、現在とは異なるだろうし、
ずっと、同じ立ち位置で当事者会に関わり続けることができるのだろうか?
また、きっと女性のひきこもりという支援に光があたることで、
本来に居場所が必要な男性のひきこもりの方は
場所に参加にできなくなる状況もあり得るのではないだろうか・・・。
ただし、本当に社会の中での生活できない場合は、福祉の制度も必要だと思う。
働きたくない、仕事したくない、楽したいがための福祉の制度ではない。
年金の関係も安易で受給できないような要件
にもなっているだろうし。
とりあえず、ひきこもり問題は、
一生考えさせられる問題であることには間違いないだろう。