Toza Pak Sheung Chuen 白雙全 トーザ・パク・シェン・チェン


私のアーティストとしての出発点は少し変わっています。まだ展覧会をたくさんやり始めるまえに、新聞のコラムを担当していたんです。アーティストとして好きなことをやって良いのです。私が初めてではなくて、他のアーティストもやっていたのですが。毎週自分の作品として制作していました。香港のメインの新聞ですよ。毎週考えることで、どのように作品を作るか、そは新聞が出発なのです。それで今回の個展でも新聞記事を閲覧出来るようにしました。
最初は画家になろうと絵の勉強をしたのですよ。セラミックなんか使ったり。けれど、新聞記事の仕事を引き受けてからは変わりました。新聞の読者が読む時のことを考えて、日常生活中からなにか興味深いことを見つけて作品(記事)にして行きました。4年間やりました。
香港の街を歩き回って、考えます。例えばスーパーマーケットでレシートをーもらいますね。その中にいろいろな文字があり、その最初の字を縦や斜めにつなげて新しい言葉を作る、そういう日常のなかの発見を作品にします。
新聞記事の仕事が終わった時には、絵画ではない別の世界の作品をつくうようになっていました。
例えば日本でやったグループ展の時には、なにも準備せずに行きました。地図を買って、東京を歩き回り、地図のページの切れ目の場所を歩いてみる。

私はもともと中国本土の生まれですが、自分は香港のアーティストだと思っています。香港の人は皆中国本土に対して二律背反的な感情を持っていますが、私もその一人です。経済的な巨人となっている中国、そしてアートのマーケットにおいても大きな位置を今は占めていますね。
1997年の返還からやはり大きな変化がありました。私はまだ若かったのですが、不安はありました。しかし、アートについて言えば、クリス・パッテンは帰国前に良いシステムを香港に作ってくれました。(アーツカウンシルのことと思われる)

ーなぜアーティストになろうと思ったのですか?

私の両親は、私が勉強したいことには反対はしませんでしたから、自分で決めました。なぜかと言えば、自分の中では非常にクリアなのですが、自分を見つけたかったからです。思春期には身体がどんどん大きくなりますが、自分の考えをうまく表現できませんし自分のこともわかりません。アートはその答えをくれるのではないかと思いました。
私は実は厳格なクリスチャンなのです。私達の教会はいまだに男女は席を隔てており、たがいにあまり話すこともありません。香港の学校はそういう教育を行うところが多いのです。

ーご家族がクリスチャンなのですか?

いえ、私だけです。大学に入る前に洗礼を受けました。昔は聖書をよむのが大好きで、毎日少しづつ、本当に楽しんで読みました。1行をよむのに30分かけました。字面を読むのではなく、行間を、そして自分のの内面を、言葉のひとつひとつを読むのです。中学1年くらいの時です。
それで、心の静寂を得ることを学びました。どういう状況においても、集中して平常心保てます。クリスチャニティは私のキャリアや生活すべてに影響しています。
心の静寂は、身体と精神を純化することで生まれます。本を読んだり、歩いたりすることで純化できることもあります。仏教を学んだことはありませんが、そのような瞑想や精神的な経験は宗教の垣根を問わず人々が体験することです。仏教徒もキリスト教徒も同じような経験をしているとl聞きます。人間が生まれつき持っている何か自然の力のようなものが湧き出てくるのではないでしょうか。
多くの私の作品は、わたしのそういう宗教的な体験を共有するためのものです。身体的で、かつ精神的な、日常の中の経験です。もう少し説明すると、例えば歩くことは身体と心のまるごとの体験です。あなたは心臓の鼓動を感じ、呼吸してそのばの匂いを感じ、目で景色や人を見ますね。それは私の宗教的な経験に近い感情を引き起こします。そういう時、アイデアが生まれます。
まあ、旅行する時はある場所から別の場所に体が移動しているわけです。特に海外にいる時には、身体は別の国に居ますが、私の精神は高いところから地図の上の自分を見ています。香港にいる時には生まれない感覚です。

ーヨコハマトリエンナーレで、フィルム使った作品を見ましたが、大変美しくて感銘を受けました。今もよく覚えています。

あの作品はまさに今お話したような経験と感覚を作品にしています。
あの時の展覧会のテーマは、時間でした。抽象的で、何かまったくのゼロベースから考え始めました。

ー時間は自然の一部で、また全ての人々に平等ですよね。

そうです。時間を思った時、存在する時間のことを思いました。
ちょっと絵を描いていいですか?
(無印のノートを出すトーザ)

存在する時間は、たとえわたしにとってみれば生まれた時から死ぬまでです。私の誕生がこの点、死ぬのがここだとしましょう。私のライフラインはこれです。
家族だと、わあしの母は私が生まれるまでこれだけ生きていて、父はここから生まれました。この時間が私と家族がシェアしている時間です。
そして私の子供がここで生まれる、と。これが出発点です。でもこの間の時間は彼はわからないわけですね。いませんから。しかし時間は流れています。その意識しない時間をつなげて作品にしようと思いました。
すごく抽象的ですね。わかりにくいかな。時間に抵抗する時間を見せようと思いました。あなたが感じない時間をつなげて時間にしようと。

たとえば35ミリのフィルムでは、イメージとイメージの間のこの白い隙間の時間は意識されませんよね。これをつなげて映画にしようと思いました。時間と感じられない時間をビジュアル化できると思いました。しかし、映写機というもは非常に複雑なのです。とても複雑で、この小さな白い余白をつなげるのは至難の技なのです。
別の問題もありました。ある広東映画を使ってその視覚化をしようとしましたが、許可してもらえませんでした。それで上映というよりはあのようなインスタレーションにして、私のこのアイデアを表現しようとしたのです。
まあ、あの時はもうひとつ別のアイデアもありました。映画館にはこのように人がすわっていますね。ある時、だれかが煙草をこの辺で吸っていて、煙に映像立体的写っているのを見たのです。光の帯がこのようになっていて、連続立体的なイメージは、同じように連続する時間というものの表現になるでしょう?ホログラフィーみたいになると思いました。

ー面白いですね!  この次の展覧会は何ですか?

ベニスビエンナーレの後、私は大きなプロジェクトに少し疲れてしまいました。普段楽しんで作ることと、違う経験でした。エネルギーを使い切った感じでした。その後のマカオの展覧会では、キュレーターに、ちょっと疲れていて、別の事をやりたい、と言いました。それで力を抜いて行った展示で、本当に楽しんで仕事をしました。外交的なこと、政治的なことなどではなく、作品に集中して私の身体、精神と感情まるごとの表現を行えるような、自分がそれによって豊になれるような、そういう展示をやって行きたいですね。

それと私の別のこだわりは、環境に優しい展示をしたいということです。ゴミを出さないようにしたいのです。次の台北ビエンナーレでは、ロッカーを置きます。

ーロッカー?

そうです。あの美術館には観客用のロッカーがないのです。それで制作費を使ってロッカーを買って置くのです。みんな喜ぶプロジェクトです!(笑)

ーパーマネントな展示ですね?

そうなりますね(笑)。
ベニスビエンナーレや、大きな展覧会では、危険な事に誰も環境の事を考えませんね。アーティストが言ったことがそのまま実施されてしまいます。終わったら大変な廃棄物が出ます。私は特にそう感じたので、今回こういうプロジェクトを考えました。中国本土では大きければ良いという考えでプロジェクトをやって、ひどい事になっています。予算も無駄使いです。

ー環境やエコを突き詰めると、美術館も展覧会も無ければいいんですよね?

(笑)その通りです!そう思います。

私の作品が伝えたいことはそういうことです。つまり美術作品を見た帰り道に自分の毎日の生活の中のことを振り返ることです。もしあなたがどのように自分の生活を見るかを知っていて、日常生活のいろいろな物事に対する見方を変えていくと、何かとても大切な事がわかると思うのです。美術館で作品を見て、日常に戻ったときにもそのときの物の見方を忘れないでいて欲しいのです。

ー投機的に芸術作品が購入されたり、コレクターがあなたの作品を買う事についてはどう思いますか?

それは、私にとってここ数年考えていることです。画廊がついたことで、コレクションになることについて考えねばならなくなりました。
アートにとって大事な二つのことがあります。ひとつはアーティストが作品を制作して、その意味を考えること。これが一番大切です。良い作品をつくることです。そしてもうひとつは画廊の仕事で、どうやってコレクターを教育し、作品を重要なものにするかです。売るだけではないのです。最近わたしは何人かのコレクターと話をしましたが、私がなぜそういう作品を作り、それが私にとって何かを説明しました。作品を購入したことにより彼らが新たな意味付けを行ってくれることが大事なのです。コレクターとアイデアをシェアすることです。観客も同じですが、コレクターは見るだけでなく作品を買うわけですからもっとコミットしているわけです。そしてコレクターが私というアーティストをサポートしてくれている事で、作品はさらに大きな広がりを持ちます。

ー話は変わりますが、フォタンにはまだスタジオをお持ちですか?

はい、持っています。フォタンのオープンスタジオは驚くくらい成功していますし、第一世代から今はまた次の世代のアーティストたちがスタジオを持っている事は重要です。
ただ、私達が入居した時から家賃は随分上がってしまい、今は当時の7倍なんです。

ー7倍ですか?それは、、不動産価格も上がっているんですね。

そうです。買っておけばよかった(笑)

香港はアートマーケットも大きくなっていますから、コマーシャルなアートシーンが出来てきていますね。そうするとボトムも上がって来ます。若いアーティストにとっては良いことなのかどうかわかりませんが。



中国非営利芸術空間探訪記 Chinese alternative art space
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リー・キット Lee Kit

(フォタン(火炭)のキットのスタジオにてインタビュー)

ーあなたの記事を読みましたが、キャンバスから自由になりたいということをおっしゃていました。

ああ、学生の時ですね。これを見てください。初期の作品です。2000年です。これはキャンバスですが、まずストレッチせずに描いて、その後で木枠に張りました。(作品は、ブルーのギンガムチェック柄、60x80cmくらい)
学生時代は批評のセッションが毎週あって、この作品もたくさn批評されました。そのうち飽きてしまって。ぼくはただ、「これなんの絵?」と聞かれたら、「柄だよ。」って答えるような絵を描きたいだけなんです。
ーけれどあなたは今も絵を描いていますよね。写真やビデオ、プロジェクトベースやコミュニティベースなんかではなくて。

そうですね。ぼくはペインター、って呼ばれたいんだなあ。。(笑)
ほら、これは、ーほんとにペインティングでしょう?(ブルーの絵を指差して)

ーこれは段ボールにジョンソンのロゴを描いて、上から青を塗ったんですね?それと、、マスキングテープが貼ってありますよ。

そう、でもそのテープは描いたテープですよ。

ーええっ?ほんとうですね、描いてあります。。よくできてる。ほんとのテープだと思いました。天才ですね!

簡単ですよ。

ーどうして作品によく商品のロゴをコピーするのですか?

取り憑かれてるんです。なぜか製品のメーカー名が頭のなかで繰り返されている、というか。。イメージとしてもです。
ロゴのイメージです。これはぼくが4、5歳くらいの時からずっとなんです。
ぼくの母が話してくれたんですが、4歳の時に母がぼくにおもちゃを買ってあげよう、といったら、ぼくはニベアクリームが欲しいと言ったそうなんです。

ーええ?4歳でですか?どうして?

全然憶えていないのでわからないんですが、今でもスーパーなどでニベアクリームをみるときれいだな、と眺めてしまいます。変わってますよね。
言葉では説明出来ないんです。だからこのシリーズのペインティングを始めたんでしょうね。何も説明できませんから、何も言えません。
普通はこういう消費物、商品は資本主義やコマーシャリズムの批判として美術では扱われることは知っています。しかし僕にとってはニベアやジョンソンはもっと親密で個人的な存在なのです。時には友人よりも近い存在です。なぜかはわかりません。理解できない自分の感情だから絵にするのだと思います。

ー今オサージュギャラリーで展示している作品について話をしてくださいますか?
(オサージュギャラリーで2010年10月に行われた展覧会は、香港の有名な画家で教師であるルイ・シャン・ホアンとその教え子たちのコラボレーションの展覧会で、中文大学卒業の多くの若手のアーティストがホアンの作品やモチーフを使って作品を制作、展示したもの)

ルイ・シャン・ホアンは僕達の中文大学の先生です。そしてとても素晴らしい友人です。僕も彼も酒と煙草が大好きですからね。彼からコラボレーションの話を聞いて、考えました。ぼくは彼の作品が大好きだから、切ったり貼ったりしたくない。ルイ・シャン・ホアンの作品は、抽象的ですが背後にあるものは自然です。あまり指摘されませんが。それでその逆のものと彼の作品を結んだら面白いと思いました。孤独とか、夜とか、そういうものです。それであのようなビデオになりました。最後のテキストはスープのパッケージに書いてあったものです。

ー大量生産の製品や企業のロゴは普通は消費文化の批判に使われますが、あなたの場合には逆なんですね。
ところで、日本での展覧会のタイトルはなんですか?

チル、です。That's just a chill というタイトルです。これがリリースです。

ーチェックなどの布の柄は、インターネットの画像検索から無作為に取ったんですか?

そうです。

ーそれでピクニックで使って写真を撮る?

前はそうでした。あなたも知っているシリーズでは、友人とチェックなどの柄を描いた僕の作品の布を使ったピクニックをして、その写真も展示していました。でもそれは辞めたんです。
今は自分でその布を使ってから展示します。
ある時ピクニックしながら、たくさんの写真を撮らなければいけないことに苛立ちをおぼえました。なんでピクニックをやたら写真で中断して、友達との楽しい時間を台無しにしなければならないんだ、って。最初はあまり考えもなく、でかけた途中で適当に写真撮っていたんです。でもシリーズを続けるうちにだんだん写真とプロジェクトのことばかりピクニックの最中でも考えるようになって。。これは間違っている、と思ったんです。だから自分の考えなんですね、すべて。友人達は楽しんでいたかもしれない。でも僕は楽しめなくなってしまった。で、インターネットのイメージを使うようになりました。でも別に論理的ではないんです。僕のほかの作品とおなじです。

ーあなたが書いた作品の中の物語は時にドラマチックですね。誰かが死んだり。

そうです。僕の頭の中から出てきたもので、論理的じゃあない。イマジネーションです。
柄を手書きで描いて、自分で使って、洗濯してからマウントします。それから展示します。

ー作品とストーリー、イメージはどのようにして組み合わせているのですか?

説明出来ません。直感みたいなものです。ストーリーは実は知らない人のブログに出発点があるものもあります。ジョン、メリーなどの名前は無関係です。

ブログに人々が載せている写真はひどいですよね。家族写真は特にそうです。ぼくは誰かが写真を撮ろう、といえば参加しますけど、撮ったら撮っただけでコンピュータにも入れない人も多いのではないですか?
昔は35mmのフィルムで写真を撮り、現像に出して、誰もが写真が出来上がるのを楽しみにしていました。今は撮って、撮って、撮って、おわりです。つまらないものになりました。食べ物をやたら撮る人もいますね。ブログやフェイスブックだけでなく、メールで送って来たりします。即、削除です。

ー(笑)なぜそんなにシニカルなのですか?

昔からです。こどもの時からです。
僕は写真は、もっと大切なものだと思っています。なにか記憶に留めたい大事なことだけを写真に撮って取って置きます。

ー写真にそんなにこだわりがあるのに、作品には無作為なインターネット上の写真を使うんですね。ジョンソンやニベアも写真じゃなくて絵にするし。面白いですね。

はい、変わっているんです。(笑)

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Agnes Lin
Founder
Osage Gallery
Osage Foundation
アグネス・リン オサージュ・ギャラリー、オサージュ・ファウンデーション 
設立者

ーどういうきっかけでオサージュファウンデーション、オサージュギャラリーなど文化関係の事業や団体を始めることになったのでしょうか?

オサージュ・マーチャンダイジングは本来のビジネスですが、設立してから、20年以上になります。
アジアの各国内に工場や支店があります。フィリピン、インドネシア、シンガポール、ミャンマー、、、
それで色々な場所の文化について学ぶことになりました。南アフリカ共和国やマダガスカルなどについてもです。そこで事業を展開するには、彼らに学ばなければいけません。問題を解決する為に色々と深く学ぶことになりました。
またわたし自身が芸術に関心があることもあり、その国々に社会的な責任があることも踏まえ、何ができるだろうかと考えました。
まずは地元の香港を見た時、ビジュアルアーツのサポートがすくないことに気づきました。
さっそくリサーチを始め、クレア・シュウ、(アジア・アート・アーカイブ)、オスカー・ホー(中文大学)などに話を聞きました。
私達が気づいたのは、美術教育が不十分だということです。まずは子供達の教育だと思いました。
マリア・リー博士と共同で、3歳から6歳の子供達への教育について調べました。美術の教師達に話をききましたが、彼らがいかにトレーニングを受けていないかがわかったのです。あまり興味もないようでした。それでその教師を集めて美術の教育を始めたのです。最初はうちの会社のオフィスで始めました。3000sqfの広さです。ここの下の階です。アーティストを招きました。最初のアーティストはマダガスカルからでした。
そしてコレクションも始めました。最初のコレクションはアンモナイトでした。20万年前の化石です。私は美術の教育に必ずしも美術作品が必要とはおもいません。
化石の展覧会を子供達の為に開きました。触って、感じてもらう展示です。経験が重要なのです。そしてそれについて話し合ってもらい、ドローイングを描かせました。また、中国茶についても展示しました。お茶の色合いが種類によって違うこと、そして中国の文化と歴史に触れてもらうものです。ダンスのワークショップもやりましたね。九つの学校から1200人以上の子供達が参加しました。

ーオサージュ・ファンデーションの始まりはいつですか?

2004年です。最初のプロジェクトは2005年でした。最初の年はいろいろな人々に話を聞き、コンセプトなどを作っていました。
ごく初期の幼い時から教育を始める必要があるのです。たとえば、ある子供の作ったものが、子供自身のアイデアなのか、教師のアイデアなのか、それは重要です。九つの学校とこれらの問題について話し合いました。専門家に研究をしてもらい、今はこの五年間のまとめの本を制作中です。

ー何人の人が財団で働いているのですか?

外部の協力者やアドバイザーはたくさんいます。プロジェクトベースで仕事を頼みますが、フルタイムのスタッフは3人です。フルタイムではないですが、リー・ウェン・チョイはリサーチとスペシャルプロジェクトのディレクターとして働いています。
ーオサージュのギャラリーですが、ファンデーションと関係がありますか?どういういきさつで始めることになったのですか?

私は美術のことはよくわかりません。ですが、ファンデーションのことで若いアーティスト達と話をすると、彼らの作品を発表する場所がないことがわかりました。フォタンのオープンスタジオに行っても、ひとつのスタジオを六人などでシェアしていますからちゃんとした展覧会とは違います。展覧会が出来る場所、プラットフォームがないのです。
私に取って画廊経営は展示場所提供することの延長にあるのです。展示に妥協をしませんから、あんまり商業的ではないのですよ。しかしサステイナブルにやっていかなければいけません。私はビジネスをやっていますからわかります。財団や画廊が長く続けられるようにしなければいけません。
それで昨年、オサージュ・アートコンサルティングを始めました。ビジネスパートナーと一緒にホテルなどに作品を選んで提供します。シビル・チュウという経験のあるコンサルタントがパートナーです。たくさんのホテルが今は中国で建てられています。美術館もそうです。中国本土で2000もの美術館が建設されています。箱はありますが、中身がないのです。5スター、4スターのホテルや美術館があります。
それらの場所で私達は成功しつつあり、非常に面白い展開となっています。もちろんこれはアートに貢献するため、人々に貢献し、社会に還元するためにやっています。
今はパラサイトを見ても、たくさんのスペースが香港にあり、以前と違いますね。それで、今はほかの国々を見ています。中国本土やシンガポール、フィリピン、それらの国々からキュレーターやアーティストを招いて展覧会をオサージュギャラリーでやります。
アートファンデーションも子供達の教育についての活動を続けています。子供達が今、インタラクティブな作品や現代美術の作品を見て、10年後にどういうものを自分で作るでしょうか?とても興味があります。嬉しいことに、去年の12月に香港アーツディヴェロプメントカウンシルが初期の子供のためのアートプログラムを始めました。それで多くの学校が子供の美術教育に財源を使えることになったのです。1,000,000HKD以上です。
私達が今次の局面として考えているのは、教師や両親の教育と、さらに多くの子供のためにスタジオ使い、アートだけではなく、テキスタイルデザインや建築にも興味を持ってもらいたいと思います。また、子供のための展覧会も企画しています。

ーオサージュギャラリーは素晴らしい空間ですから、作品を本当に見ることができますね。

そうです。ミャンマーやシンガポール、日本との交換プロジェクトも企画しています。ミャンマーは面白いのですよ。12人のアーティストを招いての展覧会をしようと思っています。そのための助成を申請しているところです。オサージュギャラリーはまた、ICAシンガポールとのコラボレーションも計画しています。ディレクターのチャールズ・メリウエザーとです。彼はゲッティミュージアムで働いていました。3つの展覧会を巡回させる予定です。フィリピンの展覧会を行います。
アジアのアートを紹介することはオサージュのトータルな目的です。コマーシャルなビジネスは、アートのために稼働しています。私はアートのバックグラウンドは無いので、人を雇っています。
そうそう、オサージュデザインも去年立ち上げました。これもアートから派生したものです。有機的な状況で、これは良いことだと思っています。すべてが関係しています。
ーたった6年でこれだけの事業が行なわれているのはすごいことですね。
私達はアーティストを本当にサポートしています。
先日シドニービエンナーレのディレクターが来ることになったとき、急いでアーティストを呼び、インスタレーションを画廊に作って作品を見せました。大変でした。また、作品が巡回するときにはその倉庫などの費用をこちらで持たなければならないこともあります。次々と展覧会の度にそう言う話になり、数ヶ月も倉庫を借りることもあります。ですので、展示のとき「誰もこの作品の展覧会を開きたいと言い出しませんように!」と祈っています(笑)。
最初はデザインやひとつのプロジェクトのことだけを考えていましたが、アートはすべてと関わっています。短い期間に様々な事業やプロジェクトを行ないましたが、すべてが自然な、有機的な関連を持ちながらの展開なのです。興味深いことですね。そしてすべてが5年前とは違っています。

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