平安京は鴨川と桂川に挟まれ、地下水脈の貯水量は琵琶湖と同じで、常に洪水の危険性にさらされていた。

そのため紫式部や藤原道長が生きた時代、平安京は何度も台風や洪水のために大きな被害を出している。

当時の平安京がどのような災害に直面したかを、詳しく見ていこう。

地中に残された花粉の分析から、9世紀から11世紀までの日本は、現在と同じく温暖化が進んでいたことがわかっている。

そのため気候変動による水害と干ばつが、相互に繰り返して発生してる。

また京の都では994年正暦5年頃から、「赤もがさ」といわれる「はしか」が猛威をふるった。

翌年には関白・藤原道兼をはじめ、公卿8人が疫病で亡くなったために、道長が内覧の宣旨を受けている。

そして998年長徳4年9月、紫式部が藤原宣孝と結婚した年、大雨によって一条の堤が決壊し、鴨川が氾濫して、京の都は海のようになっている。

一条天皇は水害と干ばつが続いたために、長徳を長保と改元して大赦を実施している。

翌999年長保元年3月7日に富士山が噴火したため、道長は安倍晴明に何の祟りかを占わせている。

道長に限らず、当時の為政者は人間の力の及ばない自然災害などは、すべて祟りや穢れのせいにして、陰陽道を用いたのである。

この一条の堤は、春から災害が続いていたが、疫病の蔓延などで修理が遅れていたのである。

藤原宣孝と紫式部は、この年に長女・賢子をもうけ、つかの間の新婚生活を満喫している。

西暦1000年長保2年1月9日、東三条院が放火される事件が発生したと、道長は「御堂関白記」に記述している。

道長は前年に入内させた娘の彰子を中宮にして、この年の2月に一帝二后を実現する。

しかし8月には大雨のために再び一条の堤が決壊して、都の東半分が水没している。

そして道長の土御門殿は庭と池との区別がなくなり、海のようになったと、藤原行成が「権記」に記している。

家をすぐに修理出来る貴族はよかったが、家を流され失った庶民たちは大変であった。

翌1001年長保3年、この年も不幸が続き1月に皇后定子は媄子内親王を出産するが、後産がおりずに逝去する。

都では再び疫病が蔓延して、藤原宣孝が亡くなり、紫式部は悲嘆にくれている。

さらに12月には東三条院詮子が、40歳で崩御したために、道長は憔悴するほど悲しんでいる。

都を襲った洪水としては、1017年寛仁元年の7月に起こったものが、最も被害が大きかった。

7月1日から三日間降り続いた大雨で、一条以北の堤が決壊して、鴨川の水が内裏にまで押し寄せた。

水は寝殿にまで押し寄せたために、知らせを受けた藤原実資はすぐに救助の者を手配したが、女房が三人流されて死んでいる。

東京極大路や富小路は湖のようになり、京極では家々がすべて流損して多くの庶民が家を失っている。

また洪水のあとには干ばつとなって、特に都の人々は大人から子供まで飢餓状態となっている。

ちょうど紫式部が「源氏物語」の執筆を開始した頃とされている1004年寛弘元年の夏、雨の降らない炎天下が続いた。

この干ばつはこの年の11月まで続いたため、地下水の豊富な京都も四条以北の井戸水は尽き、鴨川の水も三条以北は尽きている。

この時は土御門殿と内裏の枇杷殿の井戸に水が出たため、一条天皇や道長によって一般の人々にも分け与えられている。

水だけはみんなのもの、という意識があったようである。

これらの水害や干ばつに加えて、都では地震も頻発して、人々を苦しめている。

道長の「御堂関白記」、実資の「小右記」、そして行成の「権記」には地震の記録が次のように残っている。

まだ紫式部が幼少の頃の976年貞元元年6月、京都は大地震に見舞われた。

東寺、西寺、清水寺、円覚寺などがすべて倒壊して、多くの死者を出している。

それ以外にも997年長徳3年には3回、1005年寛弘2年と1006年寛弘3年にそれぞれ1回づつ、1010年寛弘7年に3回の地震があったことが記録されている。

以上のように、紫式部や藤原道長が暮らした時の平安京は、疫病、洪水、干ばつ、地震と絶えず災害に見舞われた。

そのため人々は精神的に不安となり、強盗や殺人、放火などの事件も頻発している。

平安時代の古記録を詳細に眺めて見れば、平安貴族と同じ時代に生きた庶民の姿が浮かび上がってくる。

それは「源氏物語」や「枕草子」に描かれているのがコインの表部分なら、裏の部分である。

裏と表を知ってはじめて、真実の平安時代と平安京を知ることが出来る。

平安京の庶民たちは、現代人の我々と同じく、天災や人災に日々悩まされながらも、懸命に知恵を絞りながら、たくましく生きていたのである。

【災害と平安京】ユーチューブ動画

「光る君へ」に学ぶ日本史 災害と平安京 紫式部や藤原道長の時代に襲った洪水や干ばつ

「光る君へ」に学ぶ日本史災害と平安京紫式部や藤原道長の時代に襲った洪水や干ばつ