17世紀のヨーロッパは、気候が寒冷化しました。イギリスのテムズ川も凍結することがあるほどで、疫病や凶作が波状的に来襲しました。疫病や凶作は、地域によって程度の差はあるが総じて人口の停滞をもたらし、16世紀に大きく成長したヨーロッパの経済は、17世紀の前半には不振に陥りました。さらに、三十年戦争をはじめとする戦乱は、重税をともなって人々を苦しめ、17世紀半ばには各地で反乱や農民一揆が集中的に起きました。

こうした危機への対応は、国によって異なりました。絶対王政が危機に陥っていたイギリスでは、革命が起こって絶対王政が取り払われ、資本主義の発展に有利な情勢が生まれました。これに対して、領主勢力の根強いフランスでは、彼らを抑え込む必要から、絶対王政の強化がはかられました。そして両国とも、経済活動に介入する重商主義政策をとって、危機に対処するとともに、オランダの商業覇権に対抗していきました。