eelは広い意味で教育に携わっている。
毎年学生に「これは大事!」って言葉を使いながら講義をし、
厳しい採点基準で試験をして、それなりの数の学生に再試験を課したりもする。
進歩した学生を見ると、もう一つの仕事であるところの研究の成果があがる
時よりも嬉しい時がある。

最近思うことがある。

これは彼らが「医療人」としては大事であることは間違いないけれども
果たして、自然というものに対峙したときに役にたつのだろうか?

と。

今回の震災をeelは割と遠くにいて見ている。
CGみたいに壊れていく街や港。
築いてきた暮らしは一変して、生き残った者はその瞬間から
自分自身の持つ力で自然と対峙することになる。
助け合いや、他地域からの援助というのは
もちろんあるべきで、それを行うことで人類は生き残ってきたと思う。

しかし、

やはりそれでも思うのである。

例えば今夏の震災のように、傷ついて集まった人の中で私は

清潔な水を探せるだろうか?
暖をとることはできるだろうか?
排泄用の設備を整える事ができるだろうか?
食料を確保して、公正に分配できるだろうか?
仮の住まいを自分の力で作れるだろうか?
弱い者を守れるだろうか?
秩序の維持に貢献できるだろうか?

これは・・穴を掘ったり、自ら秩序を守る事以外は無理である。
eelはなにもできない・・・。
つまりこれらのできる人に助けてもらわなければ
1週間くらいで死んでしまうだろう。

eelにできるのは、ただ助けてもらうだけ・・
人間を教育し、英知の結集としての科学を追究している事が生業の
くせにいざとなったら役に立たないのだ。

暗澹とする。

それでも生きていくために何かをしなくては・・。
それはつまり、傷ついた人々が生きていけるように
共感して何かをしなければ・・。

我々は自然の前ではあまりに無力なのだから・・・。
実私ことはeel、自分は何を食べても
生きていけると思っていた。
贅沢を言わない、あるモノを
あるがままに食べていけばいいのだ・・。
そう思っていた。

ところがである。
それは思い上がりであることを
おもいしらされた。

前回も書いたがeelは留学経験がある。
留学先は米国・・西海岸であった。

当初、eelの留学は3ヶ月程度の予定であった。
それは留学と言えるほどの期間であるわけではなく
仕事込みのホームステイみたいなものであるはずだった。
この予定は無残にも崩壊し、9ヶ月の滞在となって
しまったのであるが・・・。

それで、eelは現地で自炊をはじめたのだった。

「たった3ヶ月・・・フライパンの一個で乗り切ってやる」
と意気込んで、使い捨ての皿とフライパンで
スパゲティーと肉を焼いて最初の2週間を生活をしていた。

日々の食事・・・・
朝、クロワッサン
昼、サンドイッチ
夜、ミートローフ・・スパゲティー、フライドチキン等々・・・。

ところが・・・である。

1ヶ月を過ぎた頃、現地の日本食レストランで食べる
米・味噌汁がこの上なく美味しく感じ始めたのだった。

「こんな旨いモノはない!!!!」

そして、炊飯器鍋釜を入手し
本格的な自炊生活を始めた。

今思い返すと、帰国した現在よりも
和食を食べていた。
味噌汁や煮物を出汁をとってから作り
昼は帰宅して食べていた。
幸い町には日系のスーパーがあって
週に一度そこに行くのが楽しみだった。

お茶漬け、ふりかけ、あられ、せんべい
米醤油は言うに及ばず、
総菜を買って帰って終末の夕食のおかずに
するのはこたえられなかった。
そこにただよう「日本」を胸一杯吸い込んで
帰宅するのが寂しく思ったものだった。

たった一人で、誰もいない
テレビもない・・話し相手もいない
そんな部屋のなかで、湯気を立てる
カリフォルニア米(自称コシヒカリ)。
と味噌汁・・総菜のイカのゲソ唐揚げ・・。

なぜか帰国して同じ事をしても
あの染みこむような、食事の
「香り」がしない。

きっと孤独な空気のなかで
自分をあるべきところに繋ぎ止めて
おいてくれるのが、大好きな
日本の食だったのだろう。

日本食・・大好きだ!!!




実は私eelは外国帰りである。
所謂「留学」をしていた。
その経緯・目的・成果などはともかくとして、
言葉の通じないところで一年ほど生活していた。
若手ではないeelが外国に行くことができるのは
まあ、これくらいの期間が限界だったわけだけど・・。

そしてそこでは当然、仕事をしていたわけだが、
その国のその大学のレベルはとても高くて、
個々の能力がとても高かった。
私ことeelは島国ニッポンで、オタクな仕事を地味に
つづけていたので、精度とか感度とかそういった
実験のウデでは負けないことは、行く前からわかってはいたが

「成果」

というものを出すのは彼らの足下にも及ばなかった。
研究者の成果は英語で書かれる「論文」なので
語学的なハンディは仕方ないが、それ以外の部分である。

それが「能力」だというわけだが・・・
それを今更どうこう言いたくない。
自分のそれは、わかっている。

しかし、短い異文化交流である「留学」で
実感したことがある。
それさえあれば、個人の能力が劣っていても
最終的には相当の結果を出す事ができる・・
そんなチカラを悟った・・つもりである。

能力とは・・・
人間の最も大事な能力は・・・

「助けてもらう能力」である

と結論したい。

単純なハナシのように見えるが、
・継続的に
・実りのある
助けを得るには

・継続的に
・実りのある
「助け」を誠実に誰かに果たさなければならない。
おんぶにだっこはダメだろう。

そして、これを行うには
・洞察力・共感力・コミュニケーション能力
が必要だと思う。

結局は子供の頃
「砂場」で学ぶ事の応用だろう・・。