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Blessings

いつも心に喜びがあるクオリティ・ライフを
あなたに贈りたくて。絵を描きながら、のんびり綴ります。

(先日描いたイラストがCDの挿絵になりました♡)

その愛がどれほど大きく深いか
どうすればわかるでしょうか?

人それぞれ感じ方の違う愛の大きさを
どうやって計りますか?

☆ その愛がどれほどの痛みに耐えられるか、
で分かるのではないでしょうか?

神さまの愛というタイトルのCD用に絵の依頼があった時に
天からすべての人に降り注がれている愛を
ハート❤️で表現するだけで十分かなと当初思ったのですが、
降り注ぐ愛の源に十字架を描かずにはいられなかった理由がここにあります。

神様の私たち人間への愛がどれほど大きいか、
それが分かるのが、
十字架で私たちを愛するがゆえに流された
神の子キリストの、あがないの血。

「人がその友のために命を捨てるという、
これよりも大きな愛は誰も持っていません」
ヨハネの福音書 15:13

“I am the way and the truth and the life. No one comes to the Father except through me"
私が道であり、真理であり、いのちなのです。
私を通してでなければ、誰ひとり父のみもとに来ることはできません
(ヨハネの福音書 14:6)

一般的に日本人は性善説を信じているように思います。
私もそうでした。
人は基本的には良い生き物で、
人に迷惑をかけず真面目に生きて徳を積めば
天国に行けるというような。

良い行いや人徳を積んで天国に行くという考えは、
聖書のGospel(神が語る良い知らせ)とは、何の関係もありません。
聖書では人は生まれながらの罪人で(つまり性悪説)、
人間の最高の善行でさえ、神様からみると
汚れてボロボロの邪悪な行いに過ぎず、
天国に入るなんてとんでもないということになります。

善行積んで天国に行くという人間の発想には
そもそも最初から最後まで何処にも神様が介在していません。
聖書ではこれをSelf-righteousness, 独り善がり(ひとりよがり)と言っています。

「神の恵みによって、
キリストを信じることで
救われるのです。
これは、自分自身から出たことではなく
神からの賜物です。
行いによるのではありません。
誰も誇ることのないためです」
(エペソ2:8-9)

信仰によって
神の罪に対する怒りと裁きから救われると
神と敵対していた関係が
神との平和な関係に変わります。
永遠に…

安心、希望、喜び、愛が
溢れるクリスマスになりますように

God bless you!

AK