闘病の中で、自分が暮らしている街・一宮を描いた曲もある。昔から好きな「一宮七夕まつり」や、最近始まった「だいだいフェスタ」など、様々なイベントを題材に曲を作ってきた。中には、大津に依頼して作ったものもある。
その中で良曲と思えるものの一つは、やはり「ミヤイチ・ブギ」だろう。この歌は、数年前に放送された朝ドラ・ブギウギに触発されて作った曲で、一宮市の様々な魅力を書いている。
この曲の歌詞を書いているうちに、自由に書き換えることができることに気付き、四季を軸としてその時々に合う歌詞を合わせながら楽しく作っていた、僕の中では珍しい曲でもある。
私の好きなミヤイチは 織物の街
織姫様が紡いでる 愛の街
みんなで歌おう シュビデュビデュワ
ゴーイング モーニング
みんなで踊ろう シュビデュビデュワ
機織りションヘル 気分は上々
尾州の風のそのリズム ミヤイチ・ブギウギ
さあゝゝゝ 楽しく ミヤイチ・ブギウギ
(中略)
私の好きなミヤイチは 始まりの街
一番はじめは一宮 尾西 木曽川
みんなで歌おう シュビデュビデュワ
尾張は終わらない
みんなで踊ろう シュビデュビデュワ
手を取り合って 七色の橋
尾州の風のそのリズム ミヤイチ・ブギウギ
さあゝゝゝ 未来へ ミヤイチ・ブギウギ
ミヤイチ・ブギウギ ヘーイ!
一宮の街はもちろん好きだが、何より好きなのは九ちゃんである。学生時代の苦境から心を救ってくれた九ちゃん。その出会いから十年以上経ち、テレビなどでも九ちゃんの話題が増え始めている。
たが僕にはかなり不満だ。なぜなら、そこに涙はあっても《本当の感動》はないからである。
確かに、九ちゃんはあの辛く悲しい出来事で星になって、すごく辛いよ…悲しいよ…となることは当然であって、その感情そのものを否定はしない。
ただそれは、奥様の柏木由紀子さんやご息女の大島花子さん、舞子さん、あるいは九ちゃんのご兄弟や、マネージャー、付き人だった方々、収録などで知り合いになった方々といった、ごく近しい人たちの話であって、それを遠方からボーっと?見ていた人が言うべきではないと思う。九ちゃんは交友関係が広いだろうから、ごく近しい人がたくさんいる気がするが…。
僕が言いたいのは、九ちゃんは星になる前にたくさんの歌を歌い、たくさんの人を笑顔にしてきた。その人生があったということなのだ。それを語らずして、あの痛ましい事故のことを語るのは違うのではないかと思う。それこそ、これまで九ちゃんが福祉活動に取り組んでいたことも知らない人も多い。今、みんなが手話を学べるのも、九ちゃんの力があったことは否めない事実である。その生きた証が多くある中で、事故のことばかりが目立ってしまい、《辛く、悲しい旅立ちをした歌手》としてばかり取り上げられることには異を唱えたい。
中学から高校時代、九ちゃんの人生を、そして歌ってきた曲の数々を知り、夢中になり、そのおかげで今の僕がいる。その生き様は、今でも僕の心の中で鼓動を打ち続けているのである。
星になりたくて 祈りを捧げたら
瞼の奥にうつった 淡い面影
一度だって会ったこともないのに
魔法みたいに時を超えて来たんだ
“君はまだまだ生きるんだ。苦しい時は、僕が歌った歌たちを思い出してね”
そんな風に笑顔をくれたような気がして
少しずつ 少しずつ 歩き出せたよ
歌を歌えない 道が分からない
光が見えなくなって 迷っていたら
南風が そっと優しい声で
しおれた若葉をずっと 守ってくれた
“たとえ君が苦しくて歌えなくても、歌はいつでも君のこと、待ってくれるよ”
そんな風に元気をくれたような気がして
顔上げて もう一度 進んでいこう
僕と友達になってくれますか?
あなたと あなたの歌が必要なんです
涙雨が止まらない日もあるけど
あなたのおかげで夢を紡いでいける
“君が闘うそのつらさ、寄り添えるなら、僕にまかせておくれ。虹をかけるよ”
そんな風に希望をくれたような気がして
心から ありがとう いついつまでも
幸せをとどけたい 誰かのために
歌を歌って あなたとともに…
2025(令和7)年、活動開始10年の節目を迎える。
この年は、昭和100年でもあり、坂本九没後40年でもある。様々な節目の年だ。
24時間テレビに出演したこともあってか、次第に求められるものが増え、またその一つひとつが重くなっているようだ。
らいおんのしっぽの代表にも同じことを言われた。どうやらそれは、僕が感じているよりもかなりすごいものらしい。僕は僕らしくと思いつつ、そこまで重い立場になっているという実感は、正直言うとあまりない。これは、何だか問題のような気がするが…。
ただ、それは誰にでも言えることなのかもしれない。主観と客観との相違というもので、自分では今まで通りだろうと思っていても、客観的には様々な意味で《すごい人》なのだろう。
(これは、まだまだ勉強がいるな…)
病に蝕まれる身体でも、生きている限り歌や子どもたちとのふれあい、共育に取り組んでいくべく、自分らしく活動していきたいと思っている。こんな自分だからこそ、できることがある。それは、誰でも同じことなのだろうが、その一人ひとりの力をもって、少しでも何かを変えることができたら、それで僕は幸せなのかもしれない。九ちゃんが《幸せを売る男》なら、僕は誰かに《幸せのおすそわけ》をしたい。そのためにも、この変わりゆく時代を、推いた人とともに、歩き続けていく。
(おわり)
☆これまでのご愛読、ありがとうございました☆