6月25日は2人の結婚記念日クラッカー

今年は何処に行こうか悩んだ結果・・・・

愛犬ライくんも一緒に行ける所ってことで
代官山にあるAFRICAへ行ってきました電車

ライくんこれで2回目の電車・・・だけどまだ
怖くて緊張してずっとハァハァしてたショック!汗

途中、原宿に寄ってFOREVER21でお買い物ワンピース
ダンナ氏とライくんはH&Mの脇の細い路地で
待っててくれました(^▽^;)

毎回、土曜日に行くと必ず混んでるから今日こそ
は大丈夫かなぁ~と思ったけど・・・・平日にも
関わらずスゴい混雑ぶりヽ((◎д◎ ))ゝ
そんな混雑してる中人をかき分けB1から3階まで
回って5着購入チョキ
5着買っても7千円ちょいがま口財布
ほんとスゴくリーズナブルでデザインも豊富なんだよね音譜
混んでるけどまた行きたいなぁにひひ


それからライくんとダンナ氏と代官山へ・・・・地下鉄

18時頃到着時計

ワンちゃん用のテラス席へ案内され最初にお店から
お祝いのシャンパンを頂き乾杯キラキラ

ライくんは・・・・・・


うつ日和♪

緊張して全く動かず・・・・・・・・かたつむり

かわいそうなのでマナーベルトをして私の隣へ。

ワンちゃん用のメニューもあり食べるか分からない
けど鳥の胸肉と野菜のプレートを注文ヒヨコ

手にのせてあげてみたら・・・・・・・


うつ日和♪

美味しそうにパクパク食べてくれましたニコニコ音譜

私達も野菜のバーニャカウダやサバのカルパッチョ
、ウニとエビのパスタ、マルゲリータを注文ナイフとフォーク

ワインやカクテルも種類が豊富で迷いながらも
4杯も飲んじゃったカクテルグラス

ちょっとほろ酔い気分になったところでライくんを
見たら・・・・・・・・・・



うつ日和♪

寝てる・・・・・・ぐぅぐぅぐぅぐぅ
きっと慣れない電車で疲れてたんだよね汗

ライくんが寝てる間にフォアグラのソテーや
黒毛和牛の赤ワインソースをいただきましたニコニコ


うつ日和♪



うつ日和♪

美味しかったですラブラブニコニコアップ

ライくんも起きたところで無理やりにkissキスマーク


うつ日和♪

チュ~~~~~~ドキドキ

あ、最後にステキなデザートの写メ撮るの忘れた汗


うつ日和♪

また新たに家族が増え、大切な日を1匹と
2人でお祝いすることができましたドキドキ

が、しかし・・・・・

ダンナ氏は疲れた~と言ってお風呂も入らず
仕事も朝が早い為、そそくさと寝ちゃいました得意げ

まぁ、4年も経つとこんなもんなのかなぁ~長音記号2

また来年もみんなでお祝いして鬱病も良くなって
ますように・・・・。
その退院の日に紹介状を書き、早速ダンナ氏と母親と一緒に
紹介された病院へ行くことになった。

そこの病院は昔から精神科専門の病院であり、閉鎖病棟や
アルコール依存の病棟があり、中庭の奥にはもっと症状が
重い人が入る病棟があった。

中には何度も入退院を繰り返す常連さんもいた。






早速病院に着き採血、尿検査、レントゲン検査を受け
ソーシャルワーカーと一緒に病棟へ。

診察を受け担当医も決まり病室へ案内された。

担当医「しばらくの間、全身抑制します。面会も
しばらくは出来ませんのでご了承ください。」
と・・・・。

抑制帯・・・どんなものか知っていたけどまさか
自分がこんなことになるとは思ってもみなかった。

持ち物もハサミやライター、コードがついている物
は全て没収。

1週間もお風呂に入ってなくて髭もうっすら伸びて
しまい・・・

早速、手足抑制帯を付けるため、ベッドに仰向けに
なった。

涙が溢れた。

今まで辛い経験もしたし、だけどダンナ氏をはじめ
両親にも迷惑かけてたんだなぁって思った。

母親が泣きながら「これも良くなる為なんだよ。」って
言ってくれた。

それからはトイレ、食事以外は全て抑制帯を付けての
隔離生活。

もちろんトイレも病室内でするようになっていた。

動きたくても動けない。

寝返りをしたくても出来ない。

今何時なのか何日なのか、何曜日なのかも解らなかった。

そして天井を見上げては離れ離れになってしまった息子を
思い出したりした。

やがて抑制帯が外れてから2人部屋の隔離された病室に
なった。隣には男の人が入院していた。もちろん病室から
出ることは出来ず、トイレが一番嫌だった。
そっとカーテンを閉めてポータブルトイレでする・・・本当に
苦痛で早く一般病棟に移りたいって思った。

それからはベッドで江原啓之さんの本を読んで病室での
生活を送った。

約3週間後に一般病棟に移ることができた。もちろん刃物類
やコードが付いた物は許可がでるまでNGだし、外出もNG
だけど面会は数時間ならOK、お風呂もようやく入れる
ことができた。

ダンナ氏も有休を使って面会に来たり、ケータイも持ち込み
禁止だったから公衆電話でダンナ氏と毎日話したりした。
母親もダンナ氏が来れない日は面会に来てくれて差し入れ
のお菓子を一緒に食べたりして過ごした。

それから作業療法の許可が下りた。
作業療法ではビーズでストラップやネックレス、指輪を作ったり
皮細工ではシガレットケースを作ったり、カラオケや卓球も
出来たりした。

私はビーズ作りにハマりいつも終了時間ギリギリまで色んな
物を作ってみたりした。

やがて外出の許可も下りて土日に来るダンナ氏と一緒に
ご飯を食べに行ったりした。

そんな中、院内の一角に喫煙室があった。

みんながその喫煙室で楽しそうに話している姿を見て自分も
吸うようになりその輪に入って色んな話を聞いたりするのが
楽しくなった。

とある日、1人の若い男の子と目が合った。

なんか、自分と姿が似ているような姉弟みたいな感覚だった。





今のとうちゃん=ダンナ氏とは4年前に出会った。

当時、まだODや自殺未遂、買い物依存で鬱病って
診断されてから約2年が過ぎた頃だったと思う。

先生から「スポーツとか何か趣味を見つけてみれば」
の言葉で地元近くのサークルに入ったのがきっかけ。

ダンナ氏はバドミントンがめちゃくちゃ上手くて
あちこちのサークルに行っては練習&試合してた。

私は高校時代2年間だけバドミントンやってただけ
だったんだけどなんとなく始めてみた。

その頃は仕事はとある病院の薬局事務だったんだけど
途中、具合悪くなる事もしばしばあって頓服を飲んで
なんとかやってた。

でもバドサークルは気さくに話しかけてくれる人達がいて
とても楽しい日々を送ってた。

そんな中、ダンナ氏と出会ったんだけど最初は鬱病って
ことはもちろん内緒で付き合ってた。

それからしばらくお付き合いをしていくうちにだんだん
結婚を意識し始めてきたんだけど・・・まず鬱病であること
鬱病までの経緯をきちんと話し理解してくれる人だったら結婚しようと
思った。

ダンナ氏はそれから色々と鬱病という病気を本やネットで調べて
くれた。

もちろんダンナ氏の両親にも鬱病という事を話して納得してくれた
上での結婚だった。

結婚式は行わず、取りあえず籍を入れ一緒に生活する事になった。

ダンナ氏の通勤上から今まで働いていた病院は退職してまた
新たなクリニックで働く事となった。

それから立派な家具を揃え、可愛い猫達を飼い始め順調な日々
だったが、仕事の疲れやいろんなストレスからODや買い物依存が
始まった。

結局、再就職したクリニックも体調不良という事で退職。

また、救急車のお世話になる事になる事も増えていくようになった。

ダンナ氏も最初は救急車に乗った時はもうどうしていいのか解らず
状態だったけど3回や4回も乗っているとだんだんと慣れてきて
リュックにいつ病院へ運ばれてもいいようにって準備しておくように
なった。

そしてまた鬱が落ち着いた頃に医療事務の派遣で大学病院で
働くこととなった。

働くこと3ヶ月間・・・。

また鬱病で退職。

今まで集めてきたルイヴィトンのバックやらプラダ、グッチなど
全て空き巣に入られ全部盗まれた。

もちろん警察に届けを出したけどほぼ100%戻ってこない
と・・・。

すでに消費者金融にまで手を出してしまい借金が増えた。

カードも利用限度額を超えダンナ氏のお給料では支払えない
状態。

猫達のご飯や病院代、私の病院代や生活費で目一杯だった
ダンナ氏。。。

そんな中、また首吊り。

今度は本気だった。

気付いたらICUのベッドの上にいた。

一般病棟に移ってから精神科の先生が来てそろそろ退院
しましょうという事になった。

しかし、先生は退院=精神専門の病院へ転院ということ
だった。