私が、パニック障害になったのは、20歳の時でした。
多分、ブログのどこか?に、書いたと思うのですが、改めて振り返りたいと思います。

当時、私が19歳~23歳頃の出来事で、
まず父が散財して多額な負債を負いました。(発覚した)
いまだに私には、この詳細はわかりませんが、当時父は「シぬ~シぬ~」と夜中に母と喧嘩?しているのを(寝室にて)私が耳にしています。母は気丈に「お父さんシぬなら一人でいってくれよなムキー」との怒鳴り合いは覚えてます。これは当時ある人が銀行やら弁護士やら多数な人を巻き込み、要は騙した?←これも、父は最後まで「あれは騙したキョロキョロッ~て~のとはちょっと違うんだけどな!」なんて父本人は言ってましたが、ただの父の欲で騙されたんですチュー騙した本人は姿を消しました。
正直私は、年頃ですし、外で遊んでいたので現状をよく知らないのです。
すると、父が心筋梗塞にて倒れました。父が回復すると、次は母のほうが心臓のバイパス手術を必要とする入院となり、その間に家の引っ越し、私の彼との分かれ(どーでもいい?(笑)20歳の私は凹みまくったのですよ)。

引っ越しも訳有りにて、急がされました。(夜逃げではない)
彼の事、仕事、母の事(母の入院中の引っ越し)が一気に私にふりかかり、引っ越しが終わって、母が退院したところで、パニックになりました。

この先は、体調の良い時にお読みください。


















夜寝ようとしたら、動悸と手の親指が、グーグーを握ってしまい自分の意思ではパーパーにできなくて、呼吸があらくなり父と母を呼び救急車で病院へ行きました。これが最初です。
病院へ着くと治ってしまうんですよね。パニック障害あるあるですニコニコ
救急の先生は、おばあちゃん先生で(今から25年位前)「パニック障害ねニコニコおばさんになれば治るわよニコニコ図々しくなれば大丈夫ニコニコ」と言ってました爆笑(笑)
イヤ、今から思うと的確な事を言ってる、おばあちゃん先生だと思います。

当時まだ"パニック障害"という名が誰も知らなくて、職場で説明するのが大変でしたチーン職場でもパニックおこすしチーン

それから、心療内科へ行きました。
この先生には、「パニック障害じゃなくて"不安神経症"だね」と言われたのですが当時説明するのが、めんどくせ~ニヤニヤって事で勝手にパニック障害に統一しました照れ

この時、パニックになった原因は、やはり一気に私に、あれやこれや負担がかかった事と、先生いわく一番は母の手術時の事。あの管だらけが衝撃でしたチーン
いまだにトラウマですチーン

で、20代は車を運転しててもパニックになったり、電車も乗れなくなっていきました。逆に仕事中は一切おこさないニコニコ

だんだんと、母の病気の事で(付き添う)そっちのほうが大変で、電車・車、無理えーんとか言ってられなくなりました。

それから、年1程度でパニックを起こしてましたが、薬を飲んで各駅停車には乗れるようになり。

どこか?で、心療内科の先生に母が呼ばれ、私抜きで話した事があったんです。母がこの時期頃から何か?変わりました。何を話したのか私は知りません。

で、30代後半から、
父の事柄(遺産相続)で弁護士さんと会わなければならなくなり、怒りマックスムキーで集中したのと、ショックで突き落とされたのと、どう乗れるようになったのか思い出せないのですが、だんだんと特急に乗り、旅行へも行けるようになりました。
たぶん今度ここへ行く電車飛行機など友達に行き先を伝えてから必ず行く。
行った先には友達や、知り合いがいる。やらの安心感?
今は、スマホがある安心感が、強いのかなぁ?とも思いました。

私が初めてパニックなった時に、母が
「あれ、お前私と同じだ」と言ったんです。私がなるもっと以前。
婦人会?の伊豆の旅行中に同じ症状になり、兄に車で迎えに来てもらった。と、言ってました。
今となれば、やっぱりゆん家の家庭環境なんじゃないの~?根本原因は真顔!!
と思います。だって最強な伯母がいるのですもの真顔
父が亡くなる年に、私は父に初めて聞いたのですが、母そうとう伯母から"やられて"たえーと聞きましたえー&父ですもん。



長くなりました。今現在、私の感じていることです。