母親が、子供を殺してしまう事件を見ると、私はこんなんでも周りの環境に恵まれていたのかもしれないって思います。
夫がいなくなってすぐの頃かな。
まだ2歳だった娘と出かけた時、電車に飛び込もうか…なんて考えが漠然とよぎった瞬間がありました。
できなかったけれど。
私には全部を話せる学生の頃からの友達が近くにいて。
その友達が、子ども家庭支援センターの遊び場に私を連れて行ってくれて。
子供たちを遊ばせながら、同じ小さい子供を抱えるママさんだったり、保健師さんだったり、センターの職員さんだったり、私の話を一生懸命聞いてくれる人たちがいた。
保健師さんは家にまで来てくれたし、センターの職員さんは、私がしばらく遊び場に行かないと、心配して何度も何度も電話をくれた。
子供たちを見ててくれて、別室で話したときは、恥ずかしさも忘れて私は自分の気持ちを吐き出しながら、わんわん泣いた。
もしこの吐き出せる環境を、私と子供たちのために一生懸命になってくれる人たちがいる環境を知らずに過ごしていたら、私も果たして今のようなところまで立ち直れていただろうか。
大げさかもしれないけれど。
私と子供たち、この世にいただろうか。
一緒に生活していただろうか。
あのとき、まず最初に私を連れ出してくれた友達には、本当に感謝している。
あの友達が連れ出してくれなかったら、自分だけだったら、誰かに話そうとか、思えなかったと思うのです。
冒頭に載せた事件のご家庭が、どういう状況だったか分からないけれど、なんとなく他人事に思えません。
子供を殺めてしまうことは絶対にダメなんだけど、私だって、環境が違っていたら、どうなっていたか分からないなって、いつも思うのです。
私はあのとき、普通じゃない精神状態のなかであっても、周りの人たちの温かさを感じることができて、私のために、なんとかしたいって寄り添ってくれるものを感じることができました。
あそこが私の分岐点だったんだなって、思うのです。
光があるほうに引っ張って頂いた。
ありがとうございました。


