「趣味はなんですか?」
と聞かれると、正直困ってしまうのだが
あえて挙げるならば
衣食住"情"
かもしれない。
昔から一つのことに
どっぷりつかることができない性格だが
衣食住"情"には
比較的長い期間興味を向けられてきたように思える。
ちなみに、最後の"情"は情報のことだ。
情報そのものと、情報を得るための機器も含まれるかもしれない。
衣食住"情"を
具体的な要素に分解してみると
ファッション、食べ物、料理、住居、インテリア、健康、情報、ツイッター、ブログ、iPad、パソコン、スマートフォン・・・
こんなところだろうか
間違いなくどれも好きだし
もっとそれらについてきわめていきたいと思う。
じゃあどうしてこれらに興味があるのか。
これはたぶん
自分が生きている以上
一生つきあっていくものだからだ
あと数十年の人生
生きていくためにこれらは全て不可欠
そうなると自然に興味がわいていくもの。
"情"もおそらくこれからの時代不可欠だろう
ついこの前
Facebookブームが巻き起こったかと思えば
Facebookなんてもう古いこれからはGoogle+だ!
そんな空気さえ漂い始めている。
どんなけ流れが早いんだ。
情のやっかいなところは
とにかく流れが速く、寿命が短いところだ。
情報化社会と呼ばれて歴史はまだ浅いが
その浅い歴史の中でも
すでにオワコンとなったものが多数あるのは
ちょっと昔を振り返ってみればわかる
それでも次々と新しいものが容赦なく生まれてくる。
この流れはおそらくこれからも続くだろう。
情報をいち早くつかむ仕組みを確立できていると
いろいろな面で必ず役に立つ
それは今回の東日本大震災という
超災害時のときも
好意を抱く異性が
やっと相手と別れてくれたときも
例外はない
情報
衣食住とはかけ離れているように思えるが
衣食住同様に
生活の根幹と考えるべきだと
個人的には考えている。
一方で
衣食住は
一生つきあっていく分野であると同時に
人付き合いの善し悪しに
大きく関わってくる。
仕事柄あまり外部の人と接触しないが
接触するときは
できるだけ印象に残るようなファッションで
臨むことにしている。
明るい服を着ていけば
明るい印象を与えられるだろうし
暗い服を着ていけば
落ち着いた雰囲気を演出できる。
食に関しても
おいしいものを共有できると
相手に好印象を残すことができるらしい
そして何よりも
おいしいものを食べるときは幸せだ
この考え方は多くの人に当てはまる
住に関しては
人となりを読み取ることができる。
基本的にものを大事にする人は人も大事にするし
部屋が整頓されていると何事もきっちりしていることが
多い。
衣食住"情"
25年そこらで極められるものではない
どれをとっても非常に奥深く
これからもしっかり極めていきたい
そして
生活の根幹をなすものなので
どんな立場に立たされても無駄にならない
そう考えている。
"だから僕はビジネス書と言われるものを読めない。「近道を人に教わってどうすんだ?」と思うからだ。"
こんなツイートが
少し前にタイムラインをよぎった。
これは土屋敏男氏のもので
読書について考える、いい機会になった。
確かに、本は得だ。
本を読むと
その人の体験やノウハウを
たった1500円前後で体得できたような感じになる。
ただ
それはあくまでも作者の体験で
自分の実体験ではない。
社会人になると
「体験して学ぶことが一番大事だ!」
と学ぶ。
新入社員の研修でOJTがあるのはそのためだろう。
知らない世界にほいっと放り込まれて
研修もままならないうちに
「新しい企画、いついつまでに考えておいてね~」
と言われることもある。
「いやいやそんなこと急に言われても!」
という気持ちになるのも無理はない。
そこで、本に頼ってセオリーを学びたくなるのは
至って普通の感覚だろう。
しかし
特になにも意識せずに
この感覚に陥ってしまうと
いつまでも自分の軸が定まらないまま
一生を終えることになりかねない気がする。
その時
『自分の背骨をもつ』
というフレーズを思い出した。
これはおちまさと氏のことばで
"自分の目指す方向性"を指している。
これがあらかじめ定まっていると
本に『流される』ということがなくなり
自分が生きていくがっちりとした糧になるんじゃないか
「この本のここの部分はすごく共感できるわ!だからインプットしよう!」
「この作者のいうことは自分の考えと全然違うからスルーしよう!」
こんな感じで
きちんと『取捨選択』できるかどうか
これが
本との正しい付き合い方なんじゃないかと
冒頭の土屋氏のツイートを見て思った。
個人的に
別にビジネス書を読むことが悪いとは思わない。
近道を教わることで
貴重な時間を節約することもあると思う。
ただ、本に流されることは避けたい。
ヒロユキがホリエモンの本を読んでも
ヒロユキでなくてはいけない
ヒロユキエモンになるのは
違う気がする。
もう一度
自分の背骨について
考えてみよう。
橋本 ヒロユキ
こんなツイートが
少し前にタイムラインをよぎった。
これは土屋敏男氏のもので
読書について考える、いい機会になった。
確かに、本は得だ。
本を読むと
その人の体験やノウハウを
たった1500円前後で体得できたような感じになる。
ただ
それはあくまでも作者の体験で
自分の実体験ではない。
社会人になると
「体験して学ぶことが一番大事だ!」
と学ぶ。
新入社員の研修でOJTがあるのはそのためだろう。
知らない世界にほいっと放り込まれて
研修もままならないうちに
「新しい企画、いついつまでに考えておいてね~」
と言われることもある。
「いやいやそんなこと急に言われても!」
という気持ちになるのも無理はない。
そこで、本に頼ってセオリーを学びたくなるのは
至って普通の感覚だろう。
しかし
特になにも意識せずに
この感覚に陥ってしまうと
いつまでも自分の軸が定まらないまま
一生を終えることになりかねない気がする。
その時
『自分の背骨をもつ』
というフレーズを思い出した。
これはおちまさと氏のことばで
"自分の目指す方向性"を指している。
これがあらかじめ定まっていると
本に『流される』ということがなくなり
自分が生きていくがっちりとした糧になるんじゃないか
「この本のここの部分はすごく共感できるわ!だからインプットしよう!」
「この作者のいうことは自分の考えと全然違うからスルーしよう!」
こんな感じで
きちんと『取捨選択』できるかどうか
これが
本との正しい付き合い方なんじゃないかと
冒頭の土屋氏のツイートを見て思った。
個人的に
別にビジネス書を読むことが悪いとは思わない。
近道を教わることで
貴重な時間を節約することもあると思う。
ただ、本に流されることは避けたい。
ヒロユキがホリエモンの本を読んでも
ヒロユキでなくてはいけない
ヒロユキエモンになるのは
違う気がする。
もう一度
自分の背骨について
考えてみよう。
橋本 ヒロユキ
ここのところTwitterばかりで、あれこれ考えて文章に興すという作業を怠っていた。思考停止になる。ということで、これからコンスタントにblogを書いていくことにした。別にブロガーを志したわけではない。
今日は最近のテレビ番組について少し考えてみた。
最近、五味一男さんの本を読んで、最近のテレビ番組の中身の薄さを改めて感じさせられた。
五味さんは、マジカル頭脳パワーや、投稿トクホウ王国、歌の大辞テン!、エンタの神様など数々の超ヒット番組を作ってきたプロデューサーである。
五味さんの作った番組は本当に好きな番組ばかりで、毎週欠かさず見ていた。
しかし、今は毎週欠かさずみたいと思う番組はそうそうない。
マジカル頭脳パワーとクイズヘキサゴンは同じクイズ番組なのに何が違うのか。
投稿トクホウ王国と仰天ニュースと何が違うのか。
大きな理由の一つに、若手芸人の台頭だと個人的には考えている。
2000年半ばほどから始まっただろうか、お笑いブームに乗っかって次々と若手のお笑い芸人が登場した。今もその勢いはとどまることを知らない。
バラエティ系統の番組であれば、だいたい一人か二人は必ず出ているお笑い芸人。
とりあえず旬の芸人を入れておけば視聴率がとれる!という各プロデューサーの思惑からこのような風潮になったのだろうか。
視聴率の話で言えば、最近の高視聴率番組は、HEY!HEY!HEY!、行列のできる法律相談所、ほんまでっかTVなどが挙げられるが、これらは島田紳助やダウンタウン、明石家さんまなど、超ド級のベテランタレントが番組をしきっているからという理由に他ならないと思う。
別に若手芸人のトークがおもしろいからではない。
超ド級のタレントが好きな人はこの世にたくさんいるから、単純にそれに比例して視聴率も伸びるということだ。
しかし、不景気のせいで広告料が減少し、ド級のタレントが簡単に起用できないからそれなりにトークをさせればそれなりに盛り上がる若手芸人を起用しよう!となってしまっているのだろう。
事情は分からなくもないが、こうなると全ての番組が同じような内容に見えてしまい、全く印象に残らない。
Vを見て、芸人がぼけて、それに対し相方がつっこむ。
ものすごくかみ砕いて言えばこの一連の流れが、各番組で繰り返されているだけなんじゃないか。
五味さんが心がけていたのは、とにかく"普通な人"にアプローチするということ。
そうすることで、多くの人に愛される番組になるのだと。
本当にその通りだ。
もっと"国民的"な番組をみたい。
ド級のタレントを起用しなくても、コンセプトを"国民的"に置くことで長寿ヒット番組を作れるんだと思う。
五味さんはすごい。
今日は最近のテレビ番組について少し考えてみた。
最近、五味一男さんの本を読んで、最近のテレビ番組の中身の薄さを改めて感じさせられた。
五味さんは、マジカル頭脳パワーや、投稿トクホウ王国、歌の大辞テン!、エンタの神様など数々の超ヒット番組を作ってきたプロデューサーである。
五味さんの作った番組は本当に好きな番組ばかりで、毎週欠かさず見ていた。
しかし、今は毎週欠かさずみたいと思う番組はそうそうない。
マジカル頭脳パワーとクイズヘキサゴンは同じクイズ番組なのに何が違うのか。
投稿トクホウ王国と仰天ニュースと何が違うのか。
大きな理由の一つに、若手芸人の台頭だと個人的には考えている。
2000年半ばほどから始まっただろうか、お笑いブームに乗っかって次々と若手のお笑い芸人が登場した。今もその勢いはとどまることを知らない。
バラエティ系統の番組であれば、だいたい一人か二人は必ず出ているお笑い芸人。
とりあえず旬の芸人を入れておけば視聴率がとれる!という各プロデューサーの思惑からこのような風潮になったのだろうか。
視聴率の話で言えば、最近の高視聴率番組は、HEY!HEY!HEY!、行列のできる法律相談所、ほんまでっかTVなどが挙げられるが、これらは島田紳助やダウンタウン、明石家さんまなど、超ド級のベテランタレントが番組をしきっているからという理由に他ならないと思う。
別に若手芸人のトークがおもしろいからではない。
超ド級のタレントが好きな人はこの世にたくさんいるから、単純にそれに比例して視聴率も伸びるということだ。
しかし、不景気のせいで広告料が減少し、ド級のタレントが簡単に起用できないからそれなりにトークをさせればそれなりに盛り上がる若手芸人を起用しよう!となってしまっているのだろう。
事情は分からなくもないが、こうなると全ての番組が同じような内容に見えてしまい、全く印象に残らない。
Vを見て、芸人がぼけて、それに対し相方がつっこむ。
ものすごくかみ砕いて言えばこの一連の流れが、各番組で繰り返されているだけなんじゃないか。
五味さんが心がけていたのは、とにかく"普通な人"にアプローチするということ。
そうすることで、多くの人に愛される番組になるのだと。
本当にその通りだ。
もっと"国民的"な番組をみたい。
ド級のタレントを起用しなくても、コンセプトを"国民的"に置くことで長寿ヒット番組を作れるんだと思う。
五味さんはすごい。
