VISIONARIESで自分試し!俺のクラスはいったい…?
ここ何回か取り上げているWebサービスのVISIONARIES(http://visionaries-club.com/)ですが、
このサービスの一つの要素として挙げれるのは「ランク」です。
今までのWebサービスは誰が登録しても同等に並べられます。
ランクという考え方があるとすれば、有料課金かどうかでしょうか。

VISIONARIESは少し違います。
申請された内数割のみに対しランクを授与します。
クレジットカードのようにブラック・プラチナ・ゴールドが授与されます。
申請時に記入した内容によって自動判別され、ランク分けを行います。
一目見てその人の情報が分かるカード型UIに加え、カードの見た目で判別出来るその人のランク。
ここまで直感的に感じる事の出来るデザインも素晴らしいです。

このサービスの一つの要素として挙げれるのは「ランク」です。
今までのWebサービスは誰が登録しても同等に並べられます。
ランクという考え方があるとすれば、有料課金かどうかでしょうか。

VISIONARIESは少し違います。
申請された内数割のみに対しランクを授与します。
クレジットカードのようにブラック・プラチナ・ゴールドが授与されます。
申請時に記入した内容によって自動判別され、ランク分けを行います。
一目見てその人の情報が分かるカード型UIに加え、カードの見た目で判別出来るその人のランク。
ここまで直感的に感じる事の出来るデザインも素晴らしいです。

セルフブランディングに新しい方法を提示してくれたVISIONARIES!
今まで、セルフブランディングと言った時にオンライン、オフライン問わず色々と行われてきました。
ソーシャルメディアが出て来た事で、今までよりも方法は増えたのかもしれません。
Twitterなどで自分の強みを更に前に出していく人もいらっしゃいます。
イケダハヤト氏もこのように言及していました。
http://www.ikedahayato.com/?p=687
セルフブランディングはまずコンテンツありき
とも言っています。
一つ、セルフブランディングに関して新しい提示を行うサービスがあります。
数日前にリリースされたVISIONARIESというサービスです。
http://visionaries-club.com/
今までのSNS、ソーシャルプロフィールサービスなどとは一線を画すサービスです。
現在は限定された大学での解放となっていますが、都市圏から次第に広がって来ています。
サービスのコンセプトとしては、「意志のプラットフォーム化」。
このサービスでは自分の未来の意志を問われます。
そして過去・現在・未来の各要素からアカウント発行に至ります。
その人の過去・現在・未来を可視化させようというサービスです。
「自分はこういう人間です」という過去・現在での表現から
「自分は将来こういうことをしていきたい。」という未来視点になっています。
今までして来た事で自分を表現するのではなく、今から成し遂げていきたい自分の使命的部分で自分を表現出来る。
それに加えて今何が出来るのか、しているのか。
今まで何をして来たのか。
個人の全ての時間軸を網羅してのセルフブランディングが可能になっています。
みなさんも一度ご覧になってみてください。
ソーシャルメディアが出て来た事で、今までよりも方法は増えたのかもしれません。
Twitterなどで自分の強みを更に前に出していく人もいらっしゃいます。
イケダハヤト氏もこのように言及していました。
http://www.ikedahayato.com/?p=687
セルフブランディングはまずコンテンツありき
とも言っています。
一つ、セルフブランディングに関して新しい提示を行うサービスがあります。
数日前にリリースされたVISIONARIESというサービスです。
http://visionaries-club.com/
今までのSNS、ソーシャルプロフィールサービスなどとは一線を画すサービスです。
現在は限定された大学での解放となっていますが、都市圏から次第に広がって来ています。
サービスのコンセプトとしては、「意志のプラットフォーム化」。
このサービスでは自分の未来の意志を問われます。
そして過去・現在・未来の各要素からアカウント発行に至ります。
その人の過去・現在・未来を可視化させようというサービスです。
「自分はこういう人間です」という過去・現在での表現から
「自分は将来こういうことをしていきたい。」という未来視点になっています。
今までして来た事で自分を表現するのではなく、今から成し遂げていきたい自分の使命的部分で自分を表現出来る。
それに加えて今何が出来るのか、しているのか。
今まで何をして来たのか。
個人の全ての時間軸を網羅してのセルフブランディングが可能になっています。
みなさんも一度ご覧になってみてください。
VISIONARIESのUIが最高にCoolな件
今回、新しいWebサービスがサービスインされてました。
とても外観がきれいでしたので紹介したいと思います。
トラストネットワーキングサービスとしてのVISIONARIES。
http://visionaries-club.com/
Topページはこんな感じでした。

javascriptでページが開閉する感じの見ていて楽しいトップページです。
視界にノイズを挟まないキレイなデザインでした。
サービス説明のAbutの中も4つのスライドで構成されていて、シンプルでスタイリッシュ。
とても見やすいです。



シンプルかつ少しミステリアスな感じも残っている印象でした。
日本にある既存のWebサービスってどこか機能面にこだわったりで、デザインに惚れ惚れする事は少なかったのですが、このデザインは好きですね~
アカウントを持ってる人のページを訪問させてもらいました。
クレジットカードをモデルにしてるかのようなデザインで、新しかった。
カード形式にプロフィールを表示させて、更なる深い情報はカード下に開くように。
すっきりしてて好きでした。
とても外観がきれいでしたので紹介したいと思います。
トラストネットワーキングサービスとしてのVISIONARIES。
http://visionaries-club.com/
Topページはこんな感じでした。

javascriptでページが開閉する感じの見ていて楽しいトップページです。
視界にノイズを挟まないキレイなデザインでした。
サービス説明のAbutの中も4つのスライドで構成されていて、シンプルでスタイリッシュ。
とても見やすいです。



シンプルかつ少しミステリアスな感じも残っている印象でした。
日本にある既存のWebサービスってどこか機能面にこだわったりで、デザインに惚れ惚れする事は少なかったのですが、このデザインは好きですね~
アカウントを持ってる人のページを訪問させてもらいました。
クレジットカードをモデルにしてるかのようなデザインで、新しかった。
カード形式にプロフィールを表示させて、更なる深い情報はカード下に開くように。
すっきりしてて好きでした。
昔懐かしい思い出と共に妹に頼みたい
1日だけ実家に戻りました。
印鑑を取りに。
こんなバタバタで家族に申し訳ないけど、もう少し待ってくださいな。
いつかゆっくりと昔見たいに話せるといいね。
今はバスで京都に戻ってます。
その時に景色眺めながらふと思い出した事があって。
昔はこんな風景見ながら家族で旅行したなーーてこと。
うん、海山川。
色んな所行ったな。
くっきぃも連れてよく海行ってた。
あれは何年前になるかなぁ。
5、6年前かな。
楽しかった。
ピクニック好きな家族だったからね。
よくバーベキューも庭でしたりね。
最近1つだけ本当に怖い事。
昔と今は何で家族がこんなに違うかな。
何か嫌な予感しかしない。
昔、明るくて毎日会話が飛び交ってて、よく出かけて。
こうであった家族体系が一気に変わった気がする。
何で?
俺が1人暮らししたのもコアな部分だと思う。
親父の話し相手がいなくなったのも大きいのかな?
俺がよく親父と話してたからね。
前回帰省したとき、今回の実家帰り。
2回帰って思ったけど、やっぱりおかしい。
何か足りない。
昔はあったものが決定的に無くなってる気がする。
原因は分かってるんだけど。
今の俺は解決出来ない。
方法は分かってるけど、今は無理。
でもそれを妹に任せるのも無理かな。。
あいつには余計な事考えさせたくないしね。
どうしたら良いんだろう。
長男の役目なのも分かってるけど、今はできない。
めんどくさい方法取るしか無いのかな。
今回だけは気にし過ぎじゃ無い気がする。
なんとかしなきゃ。
あと数年待ってくれたら取り戻せる気がする。
昔の、数年前の家族に戻ってほしいなぁ。
印鑑を取りに。
こんなバタバタで家族に申し訳ないけど、もう少し待ってくださいな。
いつかゆっくりと昔見たいに話せるといいね。
今はバスで京都に戻ってます。
その時に景色眺めながらふと思い出した事があって。
昔はこんな風景見ながら家族で旅行したなーーてこと。
うん、海山川。
色んな所行ったな。
くっきぃも連れてよく海行ってた。
あれは何年前になるかなぁ。
5、6年前かな。
楽しかった。
ピクニック好きな家族だったからね。
よくバーベキューも庭でしたりね。
最近1つだけ本当に怖い事。
昔と今は何で家族がこんなに違うかな。
何か嫌な予感しかしない。
昔、明るくて毎日会話が飛び交ってて、よく出かけて。
こうであった家族体系が一気に変わった気がする。
何で?
俺が1人暮らししたのもコアな部分だと思う。
親父の話し相手がいなくなったのも大きいのかな?
俺がよく親父と話してたからね。
前回帰省したとき、今回の実家帰り。
2回帰って思ったけど、やっぱりおかしい。
何か足りない。
昔はあったものが決定的に無くなってる気がする。
原因は分かってるんだけど。
今の俺は解決出来ない。
方法は分かってるけど、今は無理。
でもそれを妹に任せるのも無理かな。。
あいつには余計な事考えさせたくないしね。
どうしたら良いんだろう。
長男の役目なのも分かってるけど、今はできない。
めんどくさい方法取るしか無いのかな。
今回だけは気にし過ぎじゃ無い気がする。
なんとかしなきゃ。
あと数年待ってくれたら取り戻せる気がする。
昔の、数年前の家族に戻ってほしいなぁ。
悲しくて悲しくて仕方ない
ふと、今思い出しました。
恐らく20年、生きてきた中で最も悲しかった出来事。
僕が中学3年生の正月過ぎ。
正月、林家は祖父母、叔父叔母全員が祖父母の家に集まって新年を迎えます。
その年もいつもと変わらない正月でした。
ただ一つ、祖母の入院という事を除いて。
中学3年生の僕には祖母の病名だけは聞かされてました。
特定疾患に指定されている間質性肺炎。
いくら中学生と言ってもバカじゃありません。
調べればいくらでも情報は出てきますから。
モチロン分かってました。
この年の祖母がこの病気にかかるとどうなるのか。
両親や叔父叔母は明言はしませんでしたが、僕には分かってた。
父親方の祖母。
祖父は小学校の時に亡くしているので、祖母は一人暮らしでした。
今だから言える話でもありますけど、
その時、学校が本当に面白くなくて、家に帰るのもイマイチだし、
毎日をもてあそんでいました。
そんな時、祖母の家にある日学校帰りに中学3年生の僕は訪れました。
元気に迎えてくれるけれども、呼吸器をつけている祖母。
その時はまだ家にいました。
入院を拒んでいたので。
それから毎日毎日。
学校が終われば祖母の家に行ってました。
お金もあまり持ってない僕でしたが、いつも果物や和菓子を買って。
ある日、祖母の寝てる部屋に様態を伺おうと入ったら起きてました。
ラグビーを見ていた。
覚えてない。
何を話したか。
でも最後に一言だけ言ったのは覚えてます。
「何かあったらいいなよ!」
その夜。
家に救急車が来ました。
それから数日間。
日赤に入院しながらも起きない祖母。
毎日毎日訪れました。
本当に辛かった。
大好きな大好きな人が一歩一歩遠くなってくあの時間。
僕にはどうしようもない。
焦る事しか出来ない。
数日後祖母は本当に静かに僕の手から離れて行きました。
5時29分だったかな。
それくらいはっきり覚えてる。
その後3日間。
本当に寝れなかった。
涙も出ない。
ただただ目が痛い。
直前まで毎日祖母の家に通ってた事を両親には言ってませんでした。
祖母が亡くなった後、
恐らく僕が今まで生きてきた中で最も確信している事。
俺は最後の最後まで後悔しない方法を選択出来た。
最後の最後まで毎日話せて。
一番大事な時間を一緒にいれた。
祖母にとって僕は一番年が上の孫なのかな?
本当に大好きでした。
亡くなった数日後、仏壇の中に僕宛の封筒があるのを叔父か父親が見つけました。
「ひろゆき君へ 入学の時に使いなさい」
入学へのお金。
僕はあれほど重いお金を手にした事がない。
恐らく分かってたと思う。
自分には後少ししか時間が残ってない事を。
自分の体調は自分が一番よく分かるから。
最後の時間だったんだろうね。
その本当に限られた時間を僕のために使ってくれた。
これ以上のものは無い。
お金を使ってくれたんじゃない。
最後の、限りある本当にわずかな時間を僕の為に使ってくれた。
子供だった僕には毎日果物を買って、話に行く事くらいしか出来なかった。
今になっても泣ける。
あの時で15歳かな?
生まれた直後から一緒にいた。
考えも及ばないくらい愛されてたと思う。
しかも最後の最後まで。
今の俺を、おばあちゃんはどう思ってるだろう。
もしまだ生きてたら話してるだろうか。
あの時の頼りない、泣き虫だった孫は十分成長してます。
素晴らしい人と環境に囲まれて。
しかも今は贅沢に夢も見させてもらってます。
なんでいきなり思い出したんだろう。
悲しくなった。
恐らく20年、生きてきた中で最も悲しかった出来事。
僕が中学3年生の正月過ぎ。
正月、林家は祖父母、叔父叔母全員が祖父母の家に集まって新年を迎えます。
その年もいつもと変わらない正月でした。
ただ一つ、祖母の入院という事を除いて。
中学3年生の僕には祖母の病名だけは聞かされてました。
特定疾患に指定されている間質性肺炎。
いくら中学生と言ってもバカじゃありません。
調べればいくらでも情報は出てきますから。
モチロン分かってました。
この年の祖母がこの病気にかかるとどうなるのか。
両親や叔父叔母は明言はしませんでしたが、僕には分かってた。
父親方の祖母。
祖父は小学校の時に亡くしているので、祖母は一人暮らしでした。
今だから言える話でもありますけど、
その時、学校が本当に面白くなくて、家に帰るのもイマイチだし、
毎日をもてあそんでいました。
そんな時、祖母の家にある日学校帰りに中学3年生の僕は訪れました。
元気に迎えてくれるけれども、呼吸器をつけている祖母。
その時はまだ家にいました。
入院を拒んでいたので。
それから毎日毎日。
学校が終われば祖母の家に行ってました。
お金もあまり持ってない僕でしたが、いつも果物や和菓子を買って。
ある日、祖母の寝てる部屋に様態を伺おうと入ったら起きてました。
ラグビーを見ていた。
覚えてない。
何を話したか。
でも最後に一言だけ言ったのは覚えてます。
「何かあったらいいなよ!」
その夜。
家に救急車が来ました。
それから数日間。
日赤に入院しながらも起きない祖母。
毎日毎日訪れました。
本当に辛かった。
大好きな大好きな人が一歩一歩遠くなってくあの時間。
僕にはどうしようもない。
焦る事しか出来ない。
数日後祖母は本当に静かに僕の手から離れて行きました。
5時29分だったかな。
それくらいはっきり覚えてる。
その後3日間。
本当に寝れなかった。
涙も出ない。
ただただ目が痛い。
直前まで毎日祖母の家に通ってた事を両親には言ってませんでした。
祖母が亡くなった後、
恐らく僕が今まで生きてきた中で最も確信している事。
俺は最後の最後まで後悔しない方法を選択出来た。
最後の最後まで毎日話せて。
一番大事な時間を一緒にいれた。
祖母にとって僕は一番年が上の孫なのかな?
本当に大好きでした。
亡くなった数日後、仏壇の中に僕宛の封筒があるのを叔父か父親が見つけました。
「ひろゆき君へ 入学の時に使いなさい」
入学へのお金。
僕はあれほど重いお金を手にした事がない。
恐らく分かってたと思う。
自分には後少ししか時間が残ってない事を。
自分の体調は自分が一番よく分かるから。
最後の時間だったんだろうね。
その本当に限られた時間を僕のために使ってくれた。
これ以上のものは無い。
お金を使ってくれたんじゃない。
最後の、限りある本当にわずかな時間を僕の為に使ってくれた。
子供だった僕には毎日果物を買って、話に行く事くらいしか出来なかった。
今になっても泣ける。
あの時で15歳かな?
生まれた直後から一緒にいた。
考えも及ばないくらい愛されてたと思う。
しかも最後の最後まで。
今の俺を、おばあちゃんはどう思ってるだろう。
もしまだ生きてたら話してるだろうか。
あの時の頼りない、泣き虫だった孫は十分成長してます。
素晴らしい人と環境に囲まれて。
しかも今は贅沢に夢も見させてもらってます。
なんでいきなり思い出したんだろう。
悲しくなった。
