絶望から希望への道~難病・リウマチからの脱出!気功師 加藤央都 -6ページ目
私は高校3年生の春、18歳の誕生日が来てすぐ教習所に通い始めました。教習所へは学校へ通うよりも真面目に通い、車の勉強も学校の勉強よりも真面目に取り組みました。

その結果、夏休み前には免許証を取得しました。

そして、高校へ通うのも車通学を始めたのです。

高校は新宿にありました。実家のある千葉県の市川市から新宿までの道のりは、それは楽しい日々でした。

当時、学校の隣には、大きな病院があり、駐車場にも困りません。夢のような素敵な車環境でした。

いわゆる部類の車好きだったのです。

必然的に将来の夢は「レーサーになること」でした。

そして、レーサーへの道を歩み始めるのですが、その夢は儚い幻想に過ぎませんでした。

思いもよらぬ病魔が、だんだんと忍び寄っていたのです。