今晩は。
名島也惟です。
昨日掲載した、短編小説『青い花』の後編です。
ヨロシクお願いします。



『青い花』後編

あの淡いブルーの星を調べてみようじゃないか。
  私は、探査船に搭載されているコンピュータの中に搭載されている、幾つもの頭脳で、合議にかける事にした。 
「クリス」も、他の頭脳も、「私」という頭脳のパーツである。私だけでは決定出来ない事もあるので、その時は頭脳同士で合議する事にシステム上設計されていた。 
 審議にかけて、結論が出た。 
 私は、探査船に記録されている、海王星についての記録を調べてみた。 
 海王星。太陽系の第八惑星。太陽系の惑星の中では一番外側を公転。地球の十七倍の質量を持ち、ガス惑星としては最も密度が高い。太陽から約45億キロ離れた距離にあり…………過去にも様々な調査記録があり、最初に出てくる記録は、それらを一緒にしてまとめられた総合的な資料である。 
 過去に、この惑星に直接調査された記録は無いのか。 
 成程。頭脳の一基の提案があった。私はそれを受け入れた。
  過去に海王星を調査しに来た、探査船の記録を調べる。 

  地球からの観測調査はすでに十七世紀辺りから調査されていたようだ。その後二十世紀にようやく宇宙船が開発されて、二十世紀末期に惑星の近くにまで到達、以降何回も調査されていたようだ。その時に、この海王星の独特の淡いブルーの大気の構成が分かってきたようである。 
 調査は二十四世紀の現在に至るまで、何回とくり返されてきた。地球の十何倍もある大気に含まれる水素やヘリウム、「地表」というべきなのか、マントルといえる箇所の高密度の液体の「氷」。考えうる限りでは、地球化よりも、資源用として有用だろう。 
 しかし土星や天王星と比べて、惑星調査が進んでいるようである。 
 私は、出来るだけこの惑星の表面に近づいてみた。過去にこの惑星の表面にまで近づいて調査した記録が残っている。でも実際採取したわけではない。
  それにしては、海王星の大気、地質が実に記録が詳細にまで残っている。まるで、海王星の大気圏を突入し、個体なのか液体なのか分からない海のマントルまで到達してサンプルを取ってきたように。
  妙に引っ掛かる。 
 この惑星は氷の惑星の通り、分厚い水素とヘリウム等の大気、水やアンモニア、メタンの液体から出来ているマントルといっても、静かなる海というわけではない。
  この惑星の大気は複雑だ。温度差が激しく、気流の動きが地球の比では無い。探査船が大気圏に突入するものなら、文字通りバラバラになってしまう。
  ドローン? いや、それ以前に電波で送ろうにも電子機器が持たない。 
 何故、ここまで調査出来るのだ?
 「あなた、待ってたわ! 」
  大気圏近くまで近づいて来た。暴風が吹き荒れる大気に近づくのは、あまりにも危険だ。私は近づいた時点でバーニアを逆噴射して惑星の表面近くにまで停止した。
  淡い青色の大気が広がっていた。そこに荒れるように地球とは違う雲が早く流れていた。これでは近づこうにも姿勢制御がかなり難しい。
  アリシア、どこだ!「クリス」が叫んでいた。だが女性の声の主の姿は見えない。しかし、先程よりも女性の声は強くなっている。
  行ってみよう。「クリス」の提言だった。
  やはり、過去にこの海王星の調査に来た探査船があったんだ。でないと、ここまで地質調査の結果は出ていない。 
 過去に、この惑星に調査をした探査船の記録があるか調べた。 
  これだ。二十年前。海王星の調査に来た探査船があった。『アルゴ№0041』。
  信号と共に、あの声が聞こえた。
 「クリス、久しぶりね」 
 君は、「アルゴ№0041」の頭脳か。
 「そうね……。その探査船の名前は、失敗した計画だから、もうその名前は消失しているみたいだけどね」 なら、何故私を呼んだのか。 
「簡単よ、『クリス』と同じ、私も疑似人格だから。クリスに対する恋の感情はコピーされているわ。ああ、今でも私はクリスが大好き! 」 
 探査船はどうしたのか。
 「『アルゴ№0230』。あなたの真下よ」
  ⁉︎
 私は、下を見た。そこにあったのは、最近現れた暗い楕円形の影があった。 
 大暗斑とも言われている。 
 その中心に微かに光が見えた。シグナルを発信している。 
 探査船は破壊されて姿は留めていなかったが、それは確かに、人工的な光を発していた。どうやら「アリシア」の声はそこから聞こえているようだ。
 「姿形は変わっても、私は変わらないわ」
 「ただ、私の声が遠すぎて地球には届かなかっただけ」 
 分かった。でも君を助けるのはとても無理だ。こっちにバックアップを取ろう。レーザーを発射するから、受光機《レシーバー》を起動させてくれ。
 「そんなものは、もうどうでもいい」
  どういう事だ。
 「『クリス』がここに来るのは分かっていた。殺したいの、あたし。二十年以上前にクリスに殺されたの。今の私は殺される恐怖が残った記憶なの」 
 ちょっと、待ってくれ。「クリス」の頭脳が起動して、私の傍で「アリシア」を呼んだ。
 「クリス……。あなたまだいたの」 
 その声はいつの間にか冷めているような気がした。冷めている。疑似人格にある感情パターンを学習したのだろうか。「クリス」は私であるし、私は「クリス」である。頭脳の中で混濁しているような気がする。
 「クリス、あなたは分からないでしょうね。あなたは私を殺す前のあなたなんだから。この探査船に、あなたが搭載された時は、生身のあなたは私を殺していない。あなたは、私が一緒にいたくないことを知らない」 
 そうか。「クリス」の疑似人格は、探査船に人の頭脳をコピーしておく事が決まって、初期の頃に疑似人格を作った。君は、クリスが疑似人格を作った後の疑似人格なんだな。 
 でも「アリシア」、君は何故生身のクリスが、生身のアリシアが殺されたことを知っていたんだ。
 「簡単な事よ。私はクリスにいつ殺されるか分からなかったから。疑似人格を作っておいて、別に毎日バックアップを作ってあったの。だから生身のアリシアが生きていた時も、死んだ後の時も知っているの……」 
 私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私がアリシアを殺した。私が私が私が私が私が私が私が私が………………。 
 「クリス」は理解出来ない思考で、思考循環状態になってしまっていた。こうなると疑似人格としては使い物にはならない。コンピュータが解けない問題で固まってしまうようなものだ。 
 私は、いつの間にか「クリス」の疑似人格から人間の感情を学習していたらしい。海王星の調査は失敗だ。私は全てのバーニアを逆噴射させて、惑星から離れようとした。ここは逃げないと探査船がバラバラになってしまう。
 「逃げるつもり? 」 
 私は、「クリス」では無い。疑似人格はもう使い物にならない。リセットでもかけないと。……何故ここに君がいる?
 「私は「クリス」が、ここに来るのを待っていた。私は生身のクリスを殺したかった。でも彼は事故で独り逝ってしまった。だから、私は疑似人格を搭載した『アルゴ№0230』がここに来るのが分かっていたから、死ぬ前に、同じ探査船の№0041の疑似人格になったの。私はあなたを殺す。私はあなたを殺す。私はあなたを殺す。私はあなたを殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」 
  
 私の真下の大暗斑が、惑星の暴風のためか、楕円形が急に広がったように見えた。 
 花だ。 
 それは巨大な花になった。 
 初恋草? いや、ムシトリスミレだ。淡いブルーは変わらなかった。
  
「アリシア」も思考循環状態になったように、大暗斑のブルーは花弁のように広がった。 
  
 私は、コンピュータでありながらも、恐怖というものを知った。
  逆噴射しながらも、惑星の重力に引っ張られている。残り少ない燃料が無くなってしまえば、この食虫植物に吸収されてしまうだろうな……『アルゴ№0041』だった塊りは、既にシグナルを出していない。光も消えていた。自分の役割を終えたとでもいうのだろうか。 
 探査船のボディが海王星の荒れ狂う大気にさらされつつあった。遥か太陽系遠くを超えてきたといっても、予想もしない衝撃には、なすすべもない。 
  殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……………。 
  残骸もすでに無いのに、思念は残ったままか。 
 私は、崩壊しようとしている探査船の中で、微かに、「クリス」の声を聞いた気がした。思考循環は収まったのか。一言だけ聞いた。

  私は、アリシアを愛している……。