掲載作品

              早秋に

*めくるめく過去を思ひつつ早朝の目覚めの孤独まどにたしかむ

*まな裏にしかと浮かびぬその白き裸体のまさに今在るがごと

*薫り顕つをんなのすがたその白く艶めける人恋ひしかるべく

*腎病む身禁じられ居りあれこれをままよ残生のわづか思へば

*何程の価値ぞ在るべき老い古りしこの肉体のさらばへ在るは

*肉に振る禁忌の塩のひかり居り まさに至極のいのちの糧が

*歌一つすら出でざる夜しみじみと雅ごころの消えゆくを知る

*あひ呼べど応へぬ人の一しきり白きおもてを恋ひやまずかも

*夕映えはまためぐり来ぬゆめを連れ秋早々のかぜをなびかせ



『赦免の渚 石本隆一著』 この一首

・佯狂のハムレット着る緩やかかな長袖シャツに和む秋冷

 珠玉の佳吟の多いこの歌集から一首を拠出するのは至難の業、まして鑑賞するとなると非才の私には恐れ多くてペン持つ腕が痺れる感がある。
 この一首、実はこの歌集を繙くに当って辞書の助けを借りた歌が少なからずあったなかの一首である。
 眼科医に成ってしまった故に、人間の目に映る事実が必ずしも真実ではないことを知ってしまった悲しさから、所謂「写生」の「あるがまま」が信じられなくなり、只管壁に向って作歌している私にとって、師の存在は大きい。
 再読、三読しても、まず、歌意がわからない。「佯狂」の解釈にさんざん迷ったが、いろんな辞書を探っても一つの解答しか与えてくれない。とすれば、これは実際のハムレットの歌劇か演劇かの鑑賞感であろう。
 長袖と秋冷、ハムレットの心境に重ね合わせての絶妙な措辞ではないか。そして和むが、ともすれば硬質の一首を仄かに和らげ、読者の心理的平衡感を満足させる。一読、まるで舞台の一景を眼前にする感にさせらる。そんな計算は作者には勿論なかっただろうし、私の曲解かもしれないが、読後のなんとも言えぬ、一種の爽快味を私など絶対に出せない手錬れの手法と、心から感じ入った次第。
 感銘した数首を列記して責務を果そう。
・天空に水渦巻ける響動もしに瓢風いまし過ぎゆくところ
・白毫をそよがせ佇てるペンギンの眺めに倣い海を眩しむ
・栢槙の巨木はとぐろ巻きながら下蔭に幼樹許さざるを

「ナイル」十二月号掲載

          省みれば


 豊饒の一世と云へぬ一生をいまふりかへるわれに夕陽が

 ふりかへり見れば見るほど愛しさの増す我執とも云ふべき想ひ

 つづまりは背負ひし負荷に潰されて消ゆるさだめか池の睡蓮

 プラボトル賑やかに立ち並びけり「幸福の水」とふラベル輝か

 処暑は秋なれど狂ほし猛暑日といふ堪へがたき午後の日輪

 わが影は北へ伸びゆくその先にあらぬ幸せ追ふごとくして

 無為に過ぐ七十余年いまにして悔やめども空ただ蒼く澄む

 シンとして無音に眠る朱のトマト静かに零下五度の冷庫に

 空に風 海に波ある必然を思ひかの詩をまたつぶやきぬ

 たゆたひて今を在るわれ一塊の石と果たしていづれ意義ある




ナイル10年の軌跡ーあるいは洗濯船の奇蹟

        ●写実の真贋
    四季は廻れど

*透析の太き針そのいたさにも馴れつつ死への距離伸ばし居り

*かたはらの機器に流るる鮮紅のわが血を見つつ無為を微睡む
                     (微睡む=まどろむ)

*悔いのみの一生でありし夏かぜの海はかぎりもなき青を溶く

*夏の陽の撫づるそびらはわれ思ふ故にある身を支へ来しもの

*死はすでにわが辺に在りや夕闇のひととき鼓動かくも乱るる

*まばゆさのなかにしろ薔薇 一炊の夢はことばを失はしむる

*許さるる筈も無き身をたらちねの母に縋りて今日も生き居り

*色うすきトマトの酸ゆさ心地よく舌に泳がす とほい思ひ出
         (酸ゆさ=すゆさ)

*首すぢにあたるゆふかぜぬるくして秋立つ原のそぞろ 荒涼
七夕の夢

*相ひ逢はずなりてふたとせ織り姫となりて汝はいま虚空に在りや

*逢へざれば告げたき思ひ抱へつつひとり彷徨ふ七夕の夜

*雨のとばりやうやく晴れてなかぞらにベガの僅かに見得るうれしさ

*此の星を遁がる術なし老いし躬を伸ばし仰げば杳きベガなり

*思ふことなべて過去形老ゆることかくかなしけれ鳳仙花咲く

*年旧るもいまだ心をはなれざる愛惜の情つらしシリウス

*逢へぬゆゑいとしさ募る夜にして杳きよすがとベガを為しつつ

*ひとはいま命まぶしく残り世を謳歌し居るや向日葵の咲く

*夢去りぬ白き肌へも黒髪もすずしき脚も消えてひさしき

*黙すこと罪のごとくに耳元へわれか囁くゆめ消ゆるなと
十月二日(火)[氷原十月号]掲載歌

      あひぎこえ      

*[あの人が]ふと驚きぬそのあまり純なる歌に触れし夏の日
●ただ一度この世を生きて自らのいのちと思う一人に会いぬ  道浦母都子

*わが想ひ添はせて降るは天涯のあめぞ汝よ聴けふみづきの宵
●銀河系そらのまほらを墜ちつづく夏の雫とわれはなりてむ  前 登志夫

*[塚本」の歌に識りたり頽齢といふことばそのしめす底意も
●秋冷の肝にひびきて頽齢といふ言葉ありくづるるよはい  塚本邦雄

*ゆくりなく触れし「坪野」のみどりなす菖蒲の如く薫る歌々
●みどりなす菖蒲のかをり身にまとひひと生のわかれわれとするかも  坪野哲久

*語らぬは星どちならぬふみづきの夜は悄然と何処までも 闇
●大熊座沈めば君が云はざりし言葉にむきてふかく眠らむ  米川千嘉子

*しとど雨に濡れたる腕へ貼りつきし匂ひ微かに母の香のして
●桜のはな匂ふ木下にわれを抱く黒髪ながき十八の母  岡野弘彦

*老身のやや傾ぎたるその歩み 慌て召さるな危のうござる
●老身の性急を汝はいましめてベランダに星の明るさをいふ  田中子之吉

*遠き日をまなかひに据ゑみみ澄ますなれど聞えず汝が柔き声
●わが歩む彼方に向ひ耳二つ戦(そよ)ぎてをりたり何を聞くべく  米満英男

      「ナイル」九月号掲載作品


遠き日の夢</font>

*うつうつと澱むかをりにサンザシの腐りゆく世よ生きがたし吾は


*一脚の椅子に坐したり追憶といふ甘き香を放つこの椅子


*蝕甚のつき傾けり過去世よりの華やげる死の招きのごとく


*あらあらと歌すさびゆく片腕に夏や時間の泌む死斑に似て


*雷雨しきり遠き日の午後思はしめわが偏愛の空は荒れゆく


*その甘き香を厭ひつつなほも舌に触らしめて佳し旬の夏の果


*二ごころ胸に棲むとふならば今居るはハイドかまたはさならず


*かむばせをほの朱らしめ処女子の呷るもの死か夏の茶房に


*しろき頬しろき四肢等が顕つ夢のはしきやしかへらざる星霜


*つぶらなるまなこ光らせ青蜥蜴なつの陽を浴び微動だにせず

「氷原」 九月号 掲載作品

          還るらざる夢


*ゆめに顕つ直なるそびら再びは触れ得ざるもの総べて消ゆ朝

*かなしみをひとつ捨てばや風舌のおよぶ窓辺に紫陽花の顕つ

*変はらざる思ひひとつを夜の闇に投げて寂やかなりき孤独は

*汝れもまた孤独の独りさすらひの宿の夜に聴くダミアは暗し

*しろき頬しろき四肢等が顕つ夢のはしきやしかへらざる星霜

*ひさしくは鳴らぬケータイ懐中に軽からぬ嵩持てあましをり

*飛騨ははるか帰り得ざれば思ふのみ山を河原をそして乙女を

*よごれたる詩集に在れど失ひしものの重さを告ぐるソネツト
 死待つ身

*霧ごもるやみわが足を拒まずき なつはやうやく大地を熱す

*死得るときおそらくわれはみみ盲ひて悦楽園の楽は聴かざる
 
*悔しさをわが持ち歩むひとの世の夏や九十九折の坂は夕暮れ
(九十九折=つづら)


*処女雷ののこす足跡にゆつくりと顕ちあがる死の彩を持つ影
        (足跡=ああと)     (彩=いろ)

*一瞬のめまひに似るとひとの言ふ死とは一掬の水捨つること

*宥されていのちまた継ぐ 醜しとひとり思へり一日また晴れ
 
*ねんごろにレモン輪切りに刻みつつ幽か近づく死を畏れ居る
                (幽か=かすか)

*さみだれを不意に断ちたる南風に面吹かれつつ昏しこころは
               (面=おも)

*初夏のキルケゴールや死に到る身の冴えかへる肺腑は持たず

*ソネツトを読まんかな夏汗ばみて皮膚湿やかに今宵リルケ忌
                  (湿やか=しめやか)
 
書き込み(1)
07月24日
14:12
納涼歌会、開催中!
やっと詠草29首がそろいましたので、夏のサイバー歌会を開催します!晴れ

各歌へのコメントは、そのトピで行ってください。

選歌は5首(自分の歌以外)で、8月12日期限です。選歌は5首まとめて、このトピ(本
書き込み(3)
07月24日
14:10
16番
美術館より出でたれば青空につばくらの描く直線を見ゆ
書き込み(1)
07月24日
14:05
18番
渡し場に汽船を待てば川風に海風交じり吾が頬を撫づ
書き込み(1)
07月24日
13:59
19番
努力するつもりはさらさら初夏の枝豆の実を絡め取る舌
書き込み(1)
07月24日
08:45
29番
みんなみの島の涯(はたて)に雲の湧く泉ありたり オナラをする神
書き込み(0)
07月24日
08:44
28番
忘れぬと言いて忘れし空のかずかず今また夏の狂おし夕映え
書き込み(0)
07月24日
08:44
27番
父逝きて緑陰の濃くなりし家静かな夏に呑みこまれゐし
書き込み(0)
07月24日
08:43
26番
天空をながるる夏の悠久を咲きつぎゆけり 無窮花(ムグンフア)の雲
書き込み(0)
07月24日
08:43
25番
夏に雪、いや紙吹雪舞つてゐた劇中劇の中の灼熱
書き込み(0)
07月24日
08:43
24番
太陽のフレアのやうなたてがみを黄に燃やしゐるひまはりの夏
書き込み(0)
07月24日
08:42
23番
くろがねの風鈴りーんとすましをり人の熱さを思ふ夜半に
書き込み(0)
07月24日
08:42
22番
陽炎のうちに立ちたる社のビルの扉(と)より入る人揺れつつぞ消ゆ
書き込み(0)
07月24日
08:42
21番
生きるため色を変えたる紫陽花を哀れと思い悲しく思う
書き込み(0)
07月24日
07:04
20番
のくわんざう藪萱草の咲く畔を行けどもゆけども夕映えのなか
書き込み(0)
07月24日
07:03
17番
黒色のパラソル行き交う午後3時欠席届をポストへ落とす
書き込み(0)
07月24日
07:02
15番
陽に燃ゆる石に黒揚羽揺らぎゐて森閑たり なべて遠ざかる昼
書き込み(0)
07月24日
07:02
14番
こころざしいかに研ぐべし鏡面の冷たき額(ぬか)に夏の汗当つ
書き込み(0)
07月24日
07:02
13番
台風がくる前なぜが目眩して身の内のふわふわと呼応せり
書き込み(0)
07月24日
07:01
12番
夏海の青き視界に吹き抜けし風はちひさな痛みを持ちて
掌のさだめ
   
*笑まひする美しきをみなの面影を忘れかねまた呷るカクテル (美しき=はしき)
 
*ラウンジの取りとめもなき佇まひ横顔の佳きひと を忘れず
 
*わけもなく空を掴めばてのひらの筋それぞれにふかく乱るる 

*この筋になにや意味ある天命ぞ運命ぞとかくなやましむのみ