2023.01.28(土)


皆さま、大変ご無沙汰しております

ひろっさんです


今回の内容は書こうかかなり迷ったのですが、自分自身の感情の整理のために記すことにしました

乱文な上、長文なので人によっては気分を害されるかもしれません

その時は途中で消していただくようお願いします


以前、ひろみのブログでも書かれていましたが…

昨年10月22日AM3:00過ぎ、我が家の黒猫キキが永眠しました

18歳を過ぎ、人間で言うと88歳になるおばあちゃんでした


末の娘と言っても良いくらい愛していたキキが亡くなった時、私たち夫婦と一緒に涙してくれた母…


その母が今月19日に亡くなりました…


キキが旅立ってから僅か三ヶ月での出来ごとでした


12月5日、お昼頃から胸の痛みを訴えていたのですか、夕方ごろあまりの痛みに身体はガクガクと震え嘔吐を繰り返す状態になり、救急車を呼び病院に搬送


検査の結果、心臓の大動脈の根本に(「動脈解離」が起こっており緊急手術が必要だと


主治医の説明では「動脈解離」は発生から24時間での死亡率が8割を超えると聞かされました

ですがその時「手術に間に合う段階で運ばれて来て良かったです」と言われ、少しホッとしたのを覚えています


患部の血管を人工血管に置き換える8時間以上に及ぶ開胸手術は成功し、ゆっくりではあるものの回復傾向にあると聞かされていたのに…


手術から3週間後、感染症による敗血症を起こし、臓器の洗浄の為、再び開胸する事に


さらにその1週間後、年末には肺炎まで併発してしまいました


それでも年を跨ぎ頑張ってくれていたのですが、18日のお昼頃に主治医から「回復は難しいかもしれません。許可を出しますのでお顔を見に来られますか?」と


その日の夕方、仕事を早めに切り上げ家族で病院へ

胸が苦しいくらい締め付けられる思いで見た母の姿は、大量の点滴で顔が倍ぐらに浮腫み、皮膚があちこち爛れて穴が空いた状態でした


もはや以前の母の面影など殆どなく、頭が真っ白になるくらいショックを受けました


意識はほとんど無いのに肺炎で酸素が取り込めないため、酸素吸入をしてても苦しそうに喘ぐ母…


こんなに苦しい思いをするぐらいなら早く楽になってくれ!と振り絞るように願いました…


そしてその8時間後、看護師さんから電話があり再び病院に向かうと…


母は静かに息を引き取っていました


享年83歳、時間は不思議なことにキキが亡くなった時と近いAM3:00でした


その後は葬儀屋さんに連絡したり、子供たちに知らせたり


お通夜・お葬式・お骨上げと、とにかくバタバタと慌ただしかったように思うのですが、正直あまり良く覚えていません


今もまだ現実感が無く、母が亡くなった事実が受け止めきれずにいます


何しろコロナで面会にも行けず、脳裏に浮かぶのは痛みに耐えながら救急車で運ばれて行った姿だけなんですから…


何だか今でもまだ入院していて、もう少ししたら元気に帰って来てくれるんじゃないか、そんな風に感じています


そんな事、ありえないのにね


お母さん

痛かったよね

苦しかったよね

寂しくて怖かったよね

みんなが待つ家に帰りたかったよね

たった一言でもいいから家族に伝えたい事があったよね

本当に、本当に無念だったよね


その時の貴女の心中を思うと今でも涙が溢れて止まりません


そして貴女にもっと親孝行しておけば良かったと後悔と慙愧の念に堪えません


母が倒れてから亡くなるまでの45日間、家族全員が心配し続けました

それこそ心が潰れるんじゃないかと思うほど…


短い間に愛するものを立て続けに失い、情けない話ですが今はキキや母の分まで頑張って生きようなんて前向きにはなれません


ですが、今、感じている深い悲しみも時が経てばきっと癒されていくのでしょうね


キキ、子供たちが巣立ってから私たち夫婦にとって君は紛れもなくかすがいでした

たくさんの癒しをありがとう


お母さん、貴女の子供として産んでくれて私は幸せでした

貴女から受けた大いなる愛の万分の一も恩を返せずごめんね

せめてこれからの私の人生、貴女への全身全霊の感謝の念を抱いて生きていこうと思います


愛してるよ、安らかに眠ってね

掛け替えのない大切な思い出をありがとう


本当は家内とふたりでレブル1100に乗り換えて、バイクブログを再開しようと思っていたのですが…


再び心が走り出せるようになるまで一旦このブログを終わらせていただきます


長らくお付き合い下さった皆さまに、心からの感謝を込めて


今までありがとうございました