4、交わした約束(1) | フォーエバー・フレンズ

4、交わした約束(1)

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真は別に遊んでいるわけではない。

確かに学校内ではとかく不真面目かもしれないが、学校が終ると川崎の自宅近くの居酒屋でアルバイトをしていた。

川崎の町は他の町と少しイメージが異なり、工場が多いせいか大衆居酒屋が多い。

真のアルバイト先の居酒屋は、店内にもくもくと焼き鳥とたばこの煙が立ち込め、工場街の情緒ある夜の居酒屋の風景を醸し出している。

「にいちゃん!生!」

「はいよ!」Tシャツの上に半被を羽織った真は、狭い店内を動き回っていた。

すると「私、ウーロン茶!」と言ってカウンターの女性客が注文をした。

「はいよ!」真は手馴れた手付きでその女性客にウーロン茶を渡そうとした。

ところがなんとその女性客は、茜だったのだ。

「茜!」さすがの真もこれにはビックリだった。

茜はしてやったりと言った表情で「えへへ」と笑った。



少し時間が経ち店内も客がまばらになってきたため、真は今日は特別にこれで終了とさせてもらった。

そして真は、茜を京急川崎駅まで送って行く事にした。

「だめだろ、未成年のくせして」

「真君だって未成年じゃん」

「俺は従業員だからいいんだよ。もう来るな。ウチの店ガラ悪いしさ」

しばらく歩くと薄暗く明かりの灯る、古ぼけたバッティングセンターがあった。

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(c) ふうまる写真素材 PIXTA

茜は「ねえ。入ろうよ」と真に言った。

「やだよ。疲れてんだ」

「私がやりたいの」と茜は言って、真の服を無理矢理引っ張った。

結局茜にごり押しされ、真はその古ぼけたバッティングセンターにイヤイヤ入っていった。

茜は早速100円玉を入れバッターボックスに立つと、90キロぐらいの山なりの球がマシンから繰り出された。

その瞬間スカッと空気を切る音がした。

それから何球もボールが繰り出されたが、茜はひたすら空振りの山を築いた。

茜は「ダメだ、当たんない」と言ってうなだれた。

「あたりまえだ。そんなすぐに当たるかよ」

見るに見かねた真は、隣のボックスに100円玉を投入した。

設定は130キロだった。

真は「いいか。みとけよ」と茜に言うと、バットを構えた。

ウイーンとバッティングマシーンが軌道しだし、そしてビシュっと音をたてて、風圧に押し上げられたホップ気味のストレートが飛んできた。

するとブンッ!と大きな空気を切る音がした。

豪快な空振りだった。

「あはは!真君もだめじゃん」

真は茜のヤジに何も反応せず、じっと黙って次の球を待った。

茜も最初冷やかしていたが、真のマシーンを見つめる鋭い瞳に黙って見入った。

バッターボックスに立った真には、誰も寄せ付けない威圧感があったのだ。

2球目も3球目も空振り。

だが真は笑いもせず無表情のままマシーンを見つめて、再びバットを構えた。

4球目が繰り出されたその時、真のバットが風圧による轟音を轟かして飛んできた軟式ボールへと襲い掛かった。

ジャストミートだ。

その瞬間対空ミサイルのような高弾道の球が、一直線にネット目がけて飛んでいった。

「すごい!」茜は目を見開いて驚いた。

5球目6球目もジャストミートだった。

ホームラン性のあたりはネットを突き破らんかのごとく、地上から30m地点のネットに叩きつけられた。

「真君、凄いじゃん」茜はもう惚れているのだが、さらに惚れ直したような気持ちになった。

すると真は「俺はこうみえても世界一の4番だぜ」と自慢げにネット裏の茜に、親指を立ててウインクした。

その後も高弾道の打球を、何発もネット越しに見える川崎の夜空へと打ち上げた。



バッティングセンターで軽く汗を流した二人は、その熱を冷ますかのように川崎の街を歩いた。

「ねえ真君、野球もうやらないの?」

「ああ、やらねえ」

「また陽一君と一緒にやればいいじゃん」

「俺バイトしてんだろ。そんな暇ねえよ」

「時間減らせばいいじゃん」

「そんなんじゃねえよ。俺生活の為にバイトしてんだから」

「えっ?」茜にとってアルバイトというのは服やアクセサリーを買う為であったが、真とは少し事情が違うようだ。

「俺妹の面倒みなきゃいけないんだよ」

真は普段自分の事をあんまり語ろうとしない。

でも何故か茜には喋る気持ちになりだした。

「小学校の時に親が離婚してんだよ。ていうか母親が男作って逃げちまってさ。それで小6の頃に親父が再婚して、蒲田へ引越したんだよ。義母は最初のうち俺と妹に優しかったんだが、親父との間に子供が出来ると態度が変わってさ」

「どうなったの?」

「露骨にイジメをするようになりだしたよ。俺達に飯は与えないし、風呂も勝手に時間決めてさ、一分でも過ぎると風呂の栓を抜くんだ。勿論洗濯も俺達の分はやってくれない。義理の母親にとってみりゃ、俺達は所詮他人なんだよ」

茜は食い入るように真の話を聞いていた。

「まあ俺はいいや、そんな環境でも適当にやっていけるからさ。でも妹へのイジメは許せなかったんだよ。妹が小6の頃塾に行きたいと言ったら、出来の悪い子にお金を出さないだってさ・・・さすがにキレちまったよ」

真は川崎の夜空を見ながら、どこか寂しげに、自分の苦しい家庭環境を話し続けた。

「中学卒業したら働いて、妹と一緒に家を出ようと思ったけど、親父が別居させてやるから高校ぐらいは出とけって言ってさ。本当は鎌倉に帰りたかったけど、妹が友達の近くがいいって言うから、川崎に俺と妹だけ引っ越した」

「お父さんはどうしたの?」

「ほとんど家にいない。今は単身赴任で大阪にいる。まあ義母には頭あがんない親父だよ。まいっちまうよ」と言って真は茜に微笑んだ。

「そっか・・・大変なんだね」

「そうだ茜、俺んち寄っていかないか?妹もいるんだ」

茜は携帯電話の時計を見た。

「ごめんダメだ・・・もう9時だもん10時までには帰らないとママに怒られるから」

「そうか、じゃあまた今度な」

「うん」茜はそう言って京急川崎駅の方へ歩き出すと、立ち止まって真に振り向いた。

「なんだよ」

「真君が野球してる姿かっこ良かった」茜はそう言ってニコリと微笑むと、川崎の雑踏の中へと消えていった。

真は不思議な気分だった。

今まで真は、自分の家庭環境の話を、女性にした事がなかったからだ。

「俺、なんで茜にこんな話したんだろう・・・」





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