3、速見の夢(2) | フォーエバー・フレンズ

3、速見の夢(2)


8のリストバンド

夕暮れ時、野球同好会の4人は、練習を終えグラウンド整備をしていた。

ピッチャーマウンドを整備していた速見は、ふと顔をあげ一塁ベース付近を整備していた陽一に「なあ徳永、俺のボールは高校野球で通用するのか?」と聞いた。

すると陽一は「しますよ。速見さんのストレートは速くて重いし、それにあのスクリューはそう簡単には打てませんよ」言った。

「有難う、あ~あ・・・最後に試合してみたいなあ」速見はそう言って夕焼け空を仰いだ。

そして速見は思い出したように「そうだ徳永、お前何処守りたい?やはりショートか?それとも俺に代わってピッチャーやるか?」

「そんな、俺何処でもいいですよ。空いているところで俺はいいです」

「お前馬鹿か?空きだらけだよ」と言って、速見は笑った。

「じゃあこうしませんか?内野は司で外野が俺。バッテリーは速見さんと宮城さん。これでどうですか」

「あはは!外野全部か!大変だな」



練習を終えた速見と陽一は、横須賀線の座席に座り揺られていた。

速水は鎌倉駅まで出て、そこから江ノ電に乗り換え、湘南海岸を見ながらいつも帰った。

「速水さん一つ聞いてもいいですか?」陽一はおもむろに質問しだした。

「なんだよ」

「なんで速水さんは港南学院高校で野球をしているのですか?速見さんは中等部から港南で、3年前野球部が無茶苦茶になるのを見てきたんじゃないですか?何故その時に違う高校でやろうとは思わなかったのですか?」

すると速見は「う~ん・・・」としばらく考えて「港南学院の野球部が好きだからかな」と言った。

そして「一人になってでもいいから続けてみて、もう一度港南を復活させたかったんだ。そう思って2年間続けてきたよ・・・でも、もう諦めたよ」と言って、笑顔で車内の天井を見上げた。

さらに「同好会になって予算もないしさ、まあ俺の力ってこんなもんなんだろうな。球が速いだけじゃ野球はできないよ。野球のできる環境を作ってくれる人がいてくれるからこそ、野球ってのはできるんだよ。それはこれまでイヤほど学んできた。そんな事ばかりして引退まであと残り3ヶ月、選手どころか監督もいねえしさ・・・。練習だけで終るそんな高校野球もありかな・・・」と言って寂しそうに笑った。

電車のアナウンスが鎌倉駅到着を告げると、速見は「じゃあな徳永」と言って席を立とうとした。

すると陽一は突然「あの・・・速見さん、もし部員をあと5人集めてきたら、歓迎してくれますか?」と言うと、電車が鎌倉駅に到着し、プシューという音を鳴らしながら扉が開いた。

速見は去り際に「来るもの拒まず、去るもの追わずだよ」と言って陽一に微笑み、電車を降りていった。



俺は駄目な人間だ。

こんなに野球が好きでも出来ない環境の人がいるのに、俺は野球のできる最高の環境がありながらそこを出て行っている。

この人には負けたよ・・・。俺この人になんとか野球の試合をさせてあげたい。

陽一は、夕暮れの電車の外の風景を見ながらそう思った。



今日も野球同好会は頑張って練習していた。

陽一が入部して良かった事は、部員数が偶数になったおかげでキャッチボールが一対一でできるようになった事だ。

しかし悪くなった事もある。

それはうるさいギャラリーが毎日来るからだ。

「徳永く~ん!頑張ってえ!」由香子はネット裏から大きな声で黄色い声援を送った。

恵は「由香子、邪魔だから帰ろうよ」と言って帰らせようとするが、由香子は人の言う事を聞く性格ではなかった。

恵が散々注意しても、絶対に帰ろうとはしなかった。

陽一が「うるさいなあ」とボヤきながら練習していると、決まって速見が「徳永!野球部を見てもらえるだけ感謝しろよ!」と言って陽一を注意をした。

そして由香子と恵の為に、パイプ椅子まで用意する始末だ。

いままで苦労してきた速見にとって、とても嬉しい事だったのだ。



練習を続けていると、1人の1年生の男子がグラウンドへやってきた。

彼は片岡修二という名前で、いかにも野球少年といった感じの風貌だった。

修二は一歩前に出て大きな声で「入部したいんですけど」と言った。

速見と陽一は、喜んで修二を部室に連れて行った。



「横須賀西中で、ショートを守っていました。キャプテンで県大会決勝まで行きましたけど、決勝で負けました」

修二はとてもさわやかな好青年のようだった。

そしてさらに「実は中学時代徳永さんに憧れて、ショートを守るようになりました。高校で野球をするつもりは無かったのですが、憧れの人が入部したと聞き、一緒にプレーがしたいと思い、入部を決めました」と言った。

速見はそんな修二を見て「徳永、こいつがショートで決まりだな」と言って笑った。

そして陽一も笑って「そうですね」と言った。

「とんでもないです。徳永さんからショートを譲り受けるなんて」と修二が固辞すると、陽一は「いや、俺は今外野手なんだよ。専門のショートがいないから、お前がショートやればいいよ」と言って、修二にショートのポジションを勧めた。

すると修二はさわやかに「徳永さん、僕にいろいろと教えてください。徳永さんのような名ショートになってみたいです」と言った。

そんな健気な修二に、陽一は「頑張れよ」と言って、肩をポンと叩いた。



そして次の日も1年生部員が入部してきた。

一人目の新入部員は北原慎太郎という。

慎太郎と修二は同じ横須賀西中学でプレーをしていて、一番を打っていた。

168cmと若干小柄だが、俊足強肩が売りの外野手である。

ポジションはライトもしくはセンターとなった。

そして二人目は迫田裕輔という。

裕輔もやはり横須賀西中出身で、エースだった。

130km弱のストレートとカーブが売りのオーソドックスな投手であり、なんとなくヒョロリとして、見かけどおりの大人しい草食男子である。

ポジションはファーストとなった。

慎太郎も裕輔も野球をやる気が無かったが、修二から無理やり連れて来られ、仕方無く入部したというのが本音のところだ。

これで部員は7名で、『5名以上の同好会は部と認める』という規定により、見事野球部は部として甦ったのだ。

そしてあと2人揃えば、速見が夢見る野球の試合ができるのだ。

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