彼が韓国人ということで
全く興味のなかった韓国語や朝鮮半島の歴史を
いつしか勉強するようになった。
2回に分けて投稿しようと思う。
反日感情の発端は
日本が統治した事にあるようだが・・・
この時の
日本と朝鮮の時代背景・世界情勢について
調べてみた。
*日本の背景*
英・仏・米・露などの列強国の圧力から独立を守るため
必死の思いで明治維新を成し遂げ、
近代化の道を歩み出した日本であったが、
この一連の流れを
李王朝は理解してなかったのである。
日本の歴史を見ると、
常に大陸からの脅威に対して
「いかに対峙するか」ということが
聖徳太子のときからの課題であったようだ。
そのためには
日本に近い朝鮮半島の安定化を図ることが重要であった。
即ち
清をはじめ大国が
朝鮮半島を支配下に置かず
半島は独立して親日的な
政権でいてくれればいいと
考えていたのである。
*朝鮮の背景*
一方、李朝は、
王位と国号や外交など事あるごとに
中国承認を得、朝貢を欠かさず
正に中国の属国であった。
明が清に滅んでもその慣習は変わらずであった。
社会の基盤が
外国からの情報を遮断し、
鎖国状態のままで古代の貴族社会が
そのまま継続していたのである。
両班と呼ばれた貴族たちは
宮廷の高官であり大地主でもあった。
伝統的に身体を使うことを嫌い、
むしろ、それを恥としていた。
また
農村の経済発展にはなんの興味もなく、
収穫の6割が小作料として入るので
豊作も凶作も無関心で、
夢も希望もなく
ただ飢えを耐え忍んでいたのは
農民であった。
驚くべきことに
19世紀末の朝鮮は、
そんな両班達が人口の半分以上を
占めるという異常な事態になっていた。
近代化の必要を感じて
行動を起こした開化派は
守旧派に抹殺された。
一般的に
新しい情勢に適応する動きが起こると
それが原動力になり、発展していくものであるが、
朝鮮の場合は
逆に抑制する要素が強かったのである。
儒教に凝り固まった大官たちは、
新しいものの価値を一切認めようとせず、
中華思想に凝り固まり、
西洋の優れた技術、道具あるいは思想を
頭から軽蔑し、『野蛮なもの』として排斥しようとしたのである。
また
李朝下の500年間、
朝鮮には人間が通れる安全な道路は全くなく、
殆どの河川には橋もなく、
港湾施設も皆無に等しかった。
そのようにして
近代化を遅らせてしまった朝鮮。
日本や欧米に比べて
百年以上遅れていた社会経済状態の朝鮮。
そんな不安定な朝鮮を
虎視眈々と狙っていたのがロシアである。