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JKSと沙代子の部屋

アンニョン(*^^*)
チャン・グンソクのファンです。彼の最新情報提供ではなく、彼を取り巻く環境など多岐にわたってアカデミックな情報提供したいと思います。

ひと雨ごとに涼しくなり、

秋の気配と冬の到来を感じさせる今日この頃もみじ

断捨離や家の模様替え等で

すっかり疲れて

長らく、お休みさせて頂きました。

前回の続きで

行かれた方も多いかと思いますが。

星第五候補地

ソウルにある5大王宮といわれる古宮を

ゆっくり歩いて隅々を見てみたい。

 

①景福宮(キョンボックン)경복궁 北宮

高麗時代の武将:李成桂(イ・ソンギェ)が王位につき

新たな国家・朝鮮王朝を樹立した。

首都を開京(現:北朝鮮の開城)から漢陽(現:ソウル)に遷都し、

王宮殿として、景福宮を創建した。

文禄・慶長の役の際に焼失したが、

高宗の時に興宣大院君の指揮下で改築。

 

500年あまりの間に歴代王によって、宮殿が創建されているが、

創建当時の姿がそのまま残されているものはないのである。

戦禍などにより焼失後、再建されたり補修されたものである。

1592年~1598年豊臣秀吉による明征服のため朝鮮に侵略した

文禄・慶長の役によるものが多い。

 

②昌徳宮(チャンドックン)창덕궁 東宮

太宗(李朝第3代王)により

景福宮に続きニ番目に築造されたが

文禄・慶長の役で焼失。

光海君(李朝第5代王)が復元し、

以降、約270年に渡って

李氏朝鮮王朝の政務が行われた王の御所である。

 

③昌慶宮(チャンギョングン)창경궁

譲位した太宗(李朝第3代王)のために

世宗(李朝第4代王)が建造した宮殿。

粛宗(李朝第19代王)の時代に起きた

張禧嬪(チャンヒビン)とその一族が処刑された事件、

英祖(李朝第21代王)の時代に

起きた思悼世子(サドセジャ)の死など、

すべてここがその舞台に。

※張禧嬪(チャンヒビン)李王朝三大悪女として有名

 

④徳寿宮(トッスグン)덕수궁

本来の名称は慶運宮だったが、1907年に高宗が純宗に譲位し、

ここに住むようになって「徳寿宮」と改称された。

朝鮮時代の他の宮殿はすべて裏に山があるが、

徳寿宮は唯一平地に建てられている。

もともとは

成宗(李朝第9代王)の兄の

月山大君が住んでいた邸宅。

しかし

文禄・慶長の役が勃発した翌年

避難先から戻ってきた宣祖(李朝第14代王)が

月山大君が住んでいたこの邸宅を臨時の王宮として使用。

高宗(李朝第26代王)がこの慶運宮を修理し

再び王宮として使用されるようになった。

この時から

高宗が皇帝として在位した1907年まで、

徳寿宮は大韓帝国の波乱万丈な歴史の中心舞台になったのである。

 

⑤慶熙宮(キョンヒグン)경희궁 西宮

もともと李朝の太祖・李成桂の家が

あったといわれるところである。

※豆知識

宗、祖は廟号(びょうごう)”といって

王が亡くなった後に先祖の廟に祭るために付けられたもの。

韓国の学生さんは、李氏王朝の王の名前を

赤字を覚えるそうで、漢字が難しいと。。。

 

でしょうね。ふふふ