#3 4/1 TOHO_HIBIYA

またね、と言って手を振る

ノマドランド


企業に依存していた町が工場の廃業によって消え、夫を亡くしていた初老のファーン(フランシス・マクドーマンド)は住む家も追われる。それでも夫と過ごした町を離れられないファーンはヴァンに生活に必要な物と思い出の品を詰め込み、ノマド(放浪の民)と呼ばれる車上生活を始める。


車上生活者をリポートしたノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」を読んだマクドーマンドが衝撃を受け、映画化権を獲得。自身が製作・主演したロードムービー。「ドキュメンタリーみたい」と観てて思ってた。そういうことね。

ノマド…聞き慣れない言葉。ノマドは「何事にも縛られない自由な人」とは違う。多くのノマドは経済的に追い込まれている。ただ「仕方なく」なのかというとそうとも言い切れない。「ホームレスではなくハウスレスだ」と言うファーンの言葉が印象的。


ノマドはハイエイジの方が多いという。これまでたくさんの悲しい別れを経験してきたノマド。彼ら彼女らが車上生活を選ぶのは「最後の別れ」がないから。「またね」と別れても数か月後、数年後には必ず会えるのだと言う。

ファーンは最後にかつて暮らした家を訪れる。後ろ向きだとは思う。ただ、積み重ねた年月が長ければ長いほど、幸せであればあるほど、あえて「前を向かない」という選択肢があってもいい。前向きになることが正解だとは限らない。


マクドーマンドは主役を張るようになってからその存在感が開花。近作「スリー・ビルボード」などは大好き作品。オスカースピーチも記憶に新しい。アカデミー賞2021の有力候補と言われる本作でも、主演として製作としてチームを牽引する。

終盤ファーンの人生に深く関わるデイブを演じるデヴィッド・ストラザーンを除き、大半の登場人物が演技未経験というから驚き。ノマドやノマドの経験者に出演していただいたのだとか。特にファーンと親交を深めるリンダとスワンキーは目を見張る。


拝借したスチルをご覧いただくとわかる。荒涼とした大地の夕闇、いわゆるマジックアワーを背景にした映像が多く、しかも美しい。1日の終わりにノマドの人々は何を感じるのか。間もなくやってくる明日に何を思うのか。

颯爽としたフロンティアのそれではない。失くしたもののなかで生きる彼ら彼女ら。それでも明日は誰の元にも等しくやってくる。ラストカットの後、ファーンが選んだのはどっちだったんだろう。


 DATA

監督・脚本:クロエ・ジャオ/原作:ジェシカ・ブルーダー
出演:フランシス・マクドーマンド/デヴィッド・ストラザーン/リンダ・メイ/シャーリーン・スワンキー


hiroでした。