学生時代、厳しい運動部に入っていた多くの人が一度は感じたことがあるだろう感覚。
「こんなに辛い思いをして一体何になるんだろう」
その道で食っていけないことはわかっているし、食っていけるかどうかどころか県で一位にすらなれないことが見えてしまう。何か入れと言われて入ってはみたものの、つらく面倒な練習のたびに頭のどこかにある「この練習してもどうせ・・・」という感覚。
その手の思いが一切浮かばない人がプロになったりするんでしょうが、大多数の人がどこかで負けてしまう、スポーツの世界。
それで食ってる人ならまだしも、やらなくても特に何があるわけでもない世界、学生時代の部活。
中学生になって入部をする時には、将来それで食っていけるかはほぼ決まっているし、楽しんでやりたいだけならわざわざ部活動に参加する必要なんてない。
強くなるためには練習しないといけない、でも、練習しても勝てないかもしれないし、勝てたとしてもどこかで負ける。
つーわけで『あひるの空』を読んだ。
バスケット選手を母親に持つ身長149cmの車谷空が九頭龍高校バスケ部に入部しバスケを始めようとするが・・・という話。
いわゆる天才がいない努力をこつこつと描く名作。泣けます。
バスケット漫画といえば、の『スラムダンク』という絶対王者が存在する中、どう挑んでいくかがバスケット漫画のキモになりつつあります。
多々ある作品と、どうやって違いを出していくか。『あひるの空』は冒頭の「勝てないかもしれないのにどうして努力するんだろう」という感覚を軸に、丁寧に”努力”を描くことで、他にないスポーツ漫画にしています。
主人公である身長149cmの車谷空、高校でバスケ部に入ろうとするが、入学した九頭龍高校バスケ部は不良のたまり場となっており、とてもじゃないが練習をするような雰囲気ではない。そんな中も、車谷空のバスケ部をあきらめない空の熱にうたれて部員たちは・・・という序盤。
ここまでだと、「ああ、ルーキーズパターンね、もういいよ、その手のは」となるのですが、ここはまだ名作になる前。
今となっては、一定の人気を得るための戦略だったんではないかと思えてしまうほど、徐々にゆっくりした展開になっていきます。長期連載を見据えた路線変更が行われていくのですが、決して序盤の人気取りストーリーを無視したものではなく、きれいに路線変更していきます。長期連載を獲得してからが本番。さあ丁寧に描くぞといった感じです。これから読む人はひとまず10巻までは読み進めてみていいと思います。
チームの”努力”を描く上で欠かせない「敗戦」と「内紛」
「敗戦」
本書はとにかく主人公が所属するチームが負け倒します。
スポーツをテーマにした漫画で難しいのは、結末を全国大会に持っていくしかないということ。結局勝つか負けるかのストーリーになってしまって、長期連載になればなるほど、だらけてしまいます。
その問題を『あひるの空』ではライバル校もしっかり描くことで、打開しています。九頭龍高校バスケ部に勝つチームにもいろいろあって、どこかで負けて悔しい思いをする、その当たり前のことも描くことでより広がりのある作品になっています。
「内紛」
チームスポーツには内紛が付き物です。目標の違いからくるものや、同じ練習を消化しているはずなのに、ついていく地力さに対する嫉妬、自分が試合で貢献できない焦り、全てのチームに起こるであろう人間関係が網羅されています。ここら辺の描き方が本当にリアルで泣けて泣けて。
「強いバスケットチームにはうまい選手が10人はいる」
中学時代のバスケット部の友達が、レギュラーから漏れて落ち込んでいるときに顧問の先生から言われていた言葉です。
レギュラー5人が強くなるためには、練習相手が出来るレベルのレギュラーじゃない5人がいるということだそうで、友人はこの言葉に救われていました。
通常の漫画ならほとんどがレギュラーの5人にスポットがあたっていて、なんとかシックスメンまでといったところですが、本書は他の5人まで描きたいんだよという「練習しててもどうせ・・」と思ってしまうところまで手を広げて描こうとする優しさを感じます。
継続することが美徳みたいに思われがちだが
断ち切ることだって相当の勇気がいるんだ
俺はその勇気を買うよ
とにかくリアルな感情満載で、ありがちないいセリフにも涙してしまいます。
全ての努力が必ず報われるなら 日本は きっと メジャーリーガーだらけだ
欲しいのは同情なんかじゃない 欲しいのは ”信頼”だ
狙った涙が大嫌いな僕も『あひるの空』では自然と涙が。。
長所が感情が丁寧に描かれていること、である一方、短所もそこであったりします。
とにかく展開が遅いです。
学生時代スポーツしていて、「あの頃はさ~」という会話をしたことがある人は必読。オススメです。
読むなら単行本で!25巻のカバー折込で著者が「たぶんこの漫画50巻までいく」とあります。連載終わってからまとめて読もう、なんて思ってたらいつになるかわりません、今から単行本でぜひ!
以下本書より―
俺達の真剣ってなんなんだって不思議におもっちゃう。
長い長い ひたすらまっすぐな道 ゴールは見えない あるかどうかもわからない
でも迷ってしまった 不安を感じてしまった
僕は凡人だ ここからスタートするんだ
常に生産性のある日々を
走らされるな
この世界にはね『やらされてる』なんて言葉はないんだよ
チームに必要かどうかは 自分で決める
夏目君の言葉は間違いだ
必要かどうかを決めるのは
往々にして他人のことの方が多い
それでも 自分で決めるんだ
頑張って無理だったのなら仕方ないけど
最初から何もしないのなら目標なんてイミがない
やらされてると思ったら終わりだ
この関係をうれしく思えることがせつない
結局 本気でやろうとしてる奴には 誰かしらくっついてくるんだな
”今までどおり”を変えられない人間は来年も再来年もずっと今まで通りだ
ちょっとキツイ練習したくらいで人より努力してる気になってる
あたし達の位置はまだそんなもん
ただ 目の前にそーゆう困難をつきつけられた時
初めから 無理だと思うような奴は どうやったって上がっていけない
大事なのは強いチームか弱いチームかじゃなく
強くなれるチームかどうかなんだ
"意識を持つこと”
これは簡単なようで簡単ではない
おまえは”家鴨”だ
がんばったって飛べねーよ
なんか奮い立たせられる言葉が多いですよね。これからの展開にも期待してます!
