仙台の終活ガイドひろ(仮)が思うこと -33ページ目

仙台の終活ガイドひろ(仮)が思うこと

終活と出会い、終活の大切さを広めようと思ったことは、
終活と縁があったんだと思います。
そんな私が終活で良くも悪くも新しい発見をし、それらを記録に残していこうと思います。

先日、父を叔母のところへ連れて行きました。

 

 

叔母は定期的に我が家に来てくれるのですが、父が叔母の家を訪問するのは、たぶん6、7年ぶり

私に関しては、30年ぶりくらいかもしれません。

 

出掛ける前に「これが最後になるかもしれない」と言っていました。

 

私は、最後とは言わず、行こうと思った時に、また連れて行けたらいいなと思っています。

 

ただ、現実として体力的なこともあり、先日の訪問は滞在時間は30分。移動時間は、往復で3時間

 

車にずーっと乗っているだけなので大変でしょうね。

 

それでも、行けて良かったと思います。

「やりたいこと」を、ひとつでも「やれた」に変えてあげられたと思うから。

 

帰り際、叔母から父へ、1枚のノートの切れ端が渡されました

 

「私の好きな詩が書いてある」

そう言って、父に渡していました。

きっと、父に渡すために用意してくれていたんだと思います。

 

そして叔母は、父にこう言いました。

「家族には、きちんと感謝は口に出して伝えないといけないよ」

 

 

その紙の中身は、私はあえて見ていません。 中身を見なくても父に叔母がかけた言葉と表情から何となくわかる。

 

妹から兄へのエールだと思う。

 

 

年を取れば、病気を患うこともあります。

親兄弟の看取りを経験することもあります。

だからこそ、命の尊さをより深く感じるのかもしれません。

そして高齢になって、あらためて兄弟の関係を感じることもあるのだと思います。

でも、今回ふと思ったのは、絆は深まるのではなく、見えるようになるのかもしれない。

 

 

普段は、それぞれの生活の中で見えにくくなっていたもの。

でも、年齢を重ねたり、体力が落ちたり、「次が当たり前ではない」と感じるようになった時、そこにあった絆が、ふっと見えるようになる。そんな気がします。