当たり前の医療の裏側にある「選択」と「想い」
今では当たり前とされている治療方法。
でも、その始まりは決して「当たり前」なんかじゃなかったはずです。
確実とは言えない、未知の領域に踏み出すこと。
そこには、医師だけではなく、患者本人の勇気ある決断があったんだと思います。
そしてその裏側には「その治療を受けて本当にいいのか」「この選択で後悔しないのか」
患者とその家族の葛藤があったはずです。
患者は患者なりに。
家族は家族なりに。
同じ方向を向いているようで、それぞれに違う想いを抱えながら、それでも一つの選択をしなければならない。その時、患者とその家族は何を思い、その決断に至ったのか。
簡単に言葉にできるものではないはずです。
「これで本当にいいのか」
「他に方法はないのか」
迷いながら、それでも選ばなければならない現実。
その一歩の積み重ねがあったからこそ、今、私たちは「当たり前」の恩恵を受けていると思います。
正解がない中で、自分なりに選ぶこと。
それは決して簡単なことではありません。
だからこそ、その決断に敬意を。
そう思う今日この頃。
