昨日は新しい職場の理事長と面談であった。
午後の半休をいただいて向かう。

前もって訊いていた通り、話はとても簡素なもので「頑張ってくれ」という言葉だけが響いた。
私を誘ってくれたセラピストが着実に結果を残してくれているおかげであり、スムーズに事を運ばせて頂けることに感謝する。
仕事始めは4月1日に決まった。
今の職場は3月20日なので、思わぬところでVacationを拾うことになった。
大切にしたいと思う。

さて、面談や制服の採寸があっという間に終了したので時間ができた。
少し考えた結果、IKEA鶴浜へ行くことにした。初IKEA。
昨日行くなんて夢にも思っていなかったが、一度見たいと思っていたソファベッドがあったのだ。
HPに載っていた「大正駅からバスで移動」という記憶を頼りに導かれるままに歩いた。

近い内に必ず用いると考える情報は見つけた時にすぐ手帳にメモしておくべきだと改めて反省する。(私はメモ魔だ。)
まぁ、iPhoneから得られる情報で事足りる場合は多いのだけれど。

IKEAではお目当てのソファベッドを見つけたが、どう見ても小学校でマット運動で使っていたそれにしか見えない。
解釈を変えて、あらゆる構成を考えてみても覆せない。ご縁がなかった。
結局何も買わずに帰った。
“買わない”も一つの買い物の選択肢だ。
IKEAの規模は圧巻だった。友人や恋人と足を運んだらさぞかし楽しいだろう。
ちなみに平日にバスで向かっている人間は私以外見当たらなかった。
何年か振りのバスは少し緊張する。初めての地では尚更そうだ。
降車意思を伝えるあのピンポンを押すのも何だか気恥ずかしい。

昔を振り返る。
幼稚園の頃はバス通園であったが、ピンポンを押すのはちょっとした楽しみでもあった。何なんだろう、あの底知れぬ快感は。
しかし当時の私は、「そんな楽しいことだから、少し控えめにしないと嫌われるだろう」と抑制してしまう園児であった。
子どもらしく、思いのまま押したら良いのに。
今の人格形成はその当時にベースができている。それは、変え難い自分であるけれどそれでは通用しない時もしばしばあると思う。
時には自分の我儘を貫く事が必要かも知れない。
今日は大阪府の理学療法士協会の研修会があったので大阪国際交流センターへ。
最寄り駅は谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘駅である。

計4コマの講義を一日かけて行うものでなかなかの長丁場だった。
大阪府で会長をなさっている大工谷新一先生の講義がとても面白かったので少し振り返ってみる。
テーマはマネジメントに関するものであった。
巷に溢れるビジネス本に記載されているような内容がPTの目線で語られているのがとても面白かったのだ。
やはりこういう話は好きであるし自ら実践していきたいと本気で思っている。


例えばブランディングは5つの階層に分かれているという点。
それはすなわち
①絶対的支持層(強い確信)
②積極的支持層(好意)
③習慣的支持層(敢えて他を選ばない)
④消極的支持層(知っている程度)
⑤無関心層(関心がない)
である。
ブランドのロイヤリティ(権利を有する者に支払う対価)を高める必要があるのはよく言われること。
重要なのは、顧客(患者さん)がどのレベルに位置しているのかを把握すること。
自分がブランドを追い求める時においても、どのレベルにあるのか客観的に把握することは面白いと思う。


その他には外的報酬に関する話も出てきた。
E.ローラーは期待理論という考え方で、モチベーションを高めるには報酬が有効であると提唱している。

他方でレオン・フェスティンガーは認知的不協和理論という考え方を提唱している。
これは外的報酬を与えすぎると仕事が面白くなくなり、興味がもてなくなってしまうという考え方。
具体的に述べると、退屈な仕事に1時間従事した後次に同じ作業を行う人に対して「作業は面白かった」と述べることが求められる。
そして、ある群は1ドルの報酬を、またある群は20ドルの報酬を与えられる。
どちらの群が作業が面白く感じたかを問うと、興味深いことに1ドルの報酬の群の方が面白く感じるようである。
要するに、外的報酬はある側面でモチベーションをあげる働きをもたらすがそれが過度になると仕事を面白くないものにしてしまう危険性を兼ね備えているということ。

これは『サブリミナル・マインド 潜在的人間観のゆくえ 下條信輔』という著書にも書かれていたのを思い出した。
ちなみにイソップ物語のキツネとすっぱい葡萄の逸話もこの理論と同じ理論。



研修会を終えて同僚と近くのカフェへ。
キャラメルラテが身体を芯から温めてくれる。

少し寄り道をして心斎橋へ。
マルジェラ大阪へ行き、フレグランスを探すが見当たらない。
スタッフの方に話を伺うと未入荷とのこと。
どうやら実際に販売されるのは10-11F/Wらしい。
媒体の報道があまりにも早いのは少し考えもの。それに踊らされる消費者も消費者だが(私を含めて)。


帰りに書店で『ELLE DECO』と『像の消滅 村上春樹』を購入して家路に着く。

ELLEにはカール・ラガーフェルド氏の近未来的な宇宙船のようなお住まいが掲載されていて興奮が抑えられない。

像の消滅は大好きな村上春樹先生の短篇選集。(アメリカで発行された作品の日本語版だ。)
2005年に出版されたものだが、わけあって(といっても買うタイミングを失っていただけの理由で)手にしていなかったのだ。
昨年の11月末に発売されためくらやなぎと眠る女 は発売されるやいなや手に入れていたというのに。
香りが引き出す記憶はとてもとても深く鮮明。
改めてそう感じたのでこうやって文章にしてみる。

原始的で本能的な脳の最も古い部分である大脳辺縁系を介して、情動レベルで快も不快も蘇ってくる。

私は自他共に認める匂いフェチ。


例えばundulateの“holly”というフレグランスキャンドルをふと香ってみた。
私にとってそれは、丁度社会人になりたての時期に購入したもの。
当時の新鮮な物事の見え方や混沌とした気持ちが蘇ってくる。
シンプルに言えば「よっしゃ頑張るぞ」と意気込んでいたのを当時を思い出す。
当時なりの自分の理想があったのだ。

HPには
『first:強烈な自信に満ちた甘さ・・・。
 second:徐々にのぞく清涼で高貴な心休まる香りのパラドックス』
とある。
“自信”という言葉には強く惹かれた。

残念ながら、当初は理想と現実のギャップのコントロールが上手く行えずに悩んだことは数知れない。

あれから3年経つが、紆余曲折を経た私は当時の理想に少しは近づけているのだろうか?



肌に身につけるアイテムとしてはCHANELのANTAEUS(アンテウス)との出逢いがあった。
これはCHANELの香水で最も複雑な香りと言われている。
私にとっての肌馴染みがとても良くあれこれ手を出す事がなくなった。
何て表現したら良いのだろう。
「そうそう、この香りで補う事で初めて完成。」とでも言おうか。
香水を“付け加える”という印象で捉えなくなったのは初めてだ。


但し、新しくお目見えするMaison Martin Margielaの「Untitled(アンタイトル)」
はとても楽しみにしている。

人の意見は往々にして矛盾を孕んでいる笑


ともかく大切なのは、これからも匂いフェチであることは変わりないと思うんだけど自分にとっての経験や記憶と密接に結びついた香りをとても大切にしたいと思っているということ。