1999年5月24日に僕は産まれました。
父親は東急バスの運転手  母親は専業主婦とごく普通の家庭に産まれました。
僕には2つ上の兄がいて名前は翔太(仮名)と言います。
兄貴は産まれた当初母親がかなり可愛がっていたみたいでかなり甘やかされてたみたいですが、2人目で男だった僕は産まれた時「また男か…」と父親にはガッカリされたみたいです。
しかし兄貴を母親が見ていたため僕のことは父親が育てる?という形になったといいます。
母親の子育ては手を出さず口で育てるという理念を持っている反面父親は元の実家が厳しかったことから手を出して言うこと聞かせるというしつけの仕方でした。
こんなエピソードがあります。
僕がまだ1歳の頃兄貴と2人でゲームをしていた時です。
兄貴にゲームで負けて僕が兄貴にゲームコントローラーを投げたのですがそれが顔に当たってしまい兄貴が泣いてしまいました。すると父親がまっすぐに僕の前にきて思い切りグーで顔面を殴られ鼻血が大量に出るほどの強さでやられるということもありました。幸い骨は折れなかったみたいですがこういった父親の   躾   は母親にはかなり嫌だったみたいでそのことで何回も喧嘩をして母親自体もDVを何回も受けて包丁を首に突きつけられたり押し倒され殺されかけたことが何回もあったそうです。
その後も喧嘩やDVは日常茶飯事に怒ってました。
そして僕が3歳の頃弟が産まれます。
この頃には父親と母親は離婚の話が進んでいたみたいです。当時の僕は知りませんが。
そして、月日は経ち小学校へ入学します。
一年生の時は父親に殴られたりはしてましたが小さい頃と比べてそこまで酷くはありませんでした。何回か母親が泣いてるところを見ていましたが自分がやられるよりも精神的苦痛が大きかったです。そんな中一年を過ごし二年生の秋になりました。
父親がお風呂に入っている時に母親に呼び出されました。
その話の内容は「もしもお父さんとお母さんが離れたらどっちについて来る?」との事でした。
ここから本当に辛い日々が続くことになります。