こんにちは(^^♪
令和元年の24時間テレビが終わって早くも1週間が経過しようとしていますね。
ネット上では、毎年出演者のギャラや広告収入について賛否が出ていますが、
何とも言えない気持ちになります。
ボランティア活動も、ボランティアさんだから何も出さなくていい、何でもやってくれると
思われることが多々あるので悲しいものです。
大きく言えば、自己満で活動している人が大半なので、
確かに活動する側からすれば、お金も何も必要ないですし、
それこそテレビにおいてもギャラも不要と思う人もいると思います。
しかし、だからと言って、何でも無償でやってくれる便利屋さん=ボランティアではありません。
ボランティア活動をする側は、「してあげている」という考え方ではなく、「させていただいている」という
考えで活動しています。また、そうであるべきと教えられています。
それでも自分の価値を他者に協力することで見出せると感じるからこそボランティア活動をしています。
自己価値が見い出すことができれば目標は達しできますが、
目標達成=日常生活が保障されるわけではありません。
だからこそ、実費こそ保障されなければいけません。
24時間テレビも同様です。
出演者の人は、日常生活が保障されるだけの給料はもらわないといけません。
そもそも、ボランティアで出ていない、仕事として出演しているのであれば、
ギャラは保障されないといけないものです。
ボランティア番組なんだから、ノーギャラでもいい人が出ればいいという声もありますが、
逆に、ノーギャラで24時間働きたいと思う人はいません。
出演者がおらず、障がいを持つ人のVTRばかり流れていたら、皆さんは番組を見ますか?
それこそ、NHKの教育番組になってしまいます。
NHKのバリバラっていう番組を見たことがある方はいますか?
24時間テレビを見ている人のうち、1時間番組のバリバラを見ている人は何人いるか。
少なくとも、出演者の力があって、理解啓発の一環になっている現実があります。
番組の趣旨と理解啓発、PRの手法は別問題です。
行政や法人が行うボランティア活動や理解啓発も同様です。
ティッシュを配ったり、活動のために道具をそろえたり。
ボランティア活動なのだからノーギャラでという考え方を当てはめるなら、
ティッシュなどの促進物品を製造するメーカーも無償であるべきです。
道具を提供、製造するメーカーも無償で協力すべきです。
それらの原材料を製造するメーカーも無償であるべきです。
と、話が大きくなりすぎましたが、何でもボランティア・福祉=無償であるべきという考え方は、
かなりの自己中な考えだと言いたいです。
無償の活動ではなく、利益を求めない活動=ボランティアです。
24時間テレビは、24時間自局の稼ぎ頭の番組の放送を辞めてでも福祉番組を放送することを
利益を求めない活動として位置付けています。
番組放送内のCM収益は、「仕事」として出演する人、スタッフの実費保障のために使われるもので、
実際どの程度収益に繋がっているか。
本当に稼ぎたければ、ヒルナンデスやイッテQを放送していたほうがいいはず。
だらだら好き勝手に書いてしまいましたが、少なくとも現代の社会を表す問題だと感じました。
・自分が良ければそれでいい。
・他人に興味関心がない。
・普段は一人がいい。困ったら全力で助けてもらえないと不満。
・自分にはできないことを他人がしていると批判をしたくなる。
・他人をほめることはできないが、批判・反論することだけは得意。
かなりの偏見かもしれませんが、よく考えてみてください。
多かれ少なかれ当てはまるものが誰でもあると思います。
新たな時代に進みゆく中、本来の人間としての考えや価値観がなくなりつつあるのが
不安で仕方ないです。
改めて、「人間」としてどうあるべきなのか。
24時間テレビを通して感じ取れるといいなと思います。
なんやかんや書いてきましたが、皆さんのご意見はいかがでしょうか。
ぜひコメント等で教えてください(^^)/
