ちょっと落ち着いたら、他の入院患者と同じように、月1の面会に戻された。そしてなんと帰国中は帰国の目的である面会を毎日するように計画していたのに、できるのはオンライン面会(後で知ったのだがしかもそれは週一だけしかも先約がいるともういっぱいで入れない)木曜日に行った日には、「本当は昨日までのつもりでしたが、今日はもういらっしゃったので、今日だけは面会していただけます。次からは月1になります。」と言われた。
幸いにもちょうどその日が担当医が回診中だったようで、話をする機会にめぐまれた。危篤だと呼ばれた日には酸素濃度が60%くらいで、でも延命は行わないという話があったから、人工呼吸器が使わなかったこと。7割方朝は迎えられない、と思っていたのに帰還したこと、を告げられ、先生とわたしで。お父さんがいかに頑張ったのかを褒め称えた。そしてついでにお父さんに先生に自分で延命しないという意思を伝えるさせた。
そしてそれが木曜日の話で、翌日金曜日に1番上の姉が早速月1の面会予約を入れて、結局連続で金曜日まで会うことができた。ちなみに危篤だから優遇してもらえていた期間には姉は一度も面会に行ってない。
そこから、面会にも行けないし、だからって、友達と旅行するような状況でもないし、帰りの荷物も一個だけなので、たくさん買い物するわけにもいかないし、家にいるのも寒いし、私は土曜日から毎日日帰り温泉に通った。次の日行く。温泉は、その人温泉の誰かと話をしてお勧めのところに行くようにした。
そういうことをやってる間に、仲の良い友人から連絡があり、知り合いが病院の院長とつながりがあるから、その人からお父さんに面会出来るように頼んでみるということだった。コロナが収束してもまだ月一の面会しかおこなっていない、明らかに病院側のやりやすい方法を続けているような、病人心のケアを蔑ろにしているような三流病院だからこそ、そういう一般的に言うコネが役立ちそうだなと思ったし、ダメ元でお願いしてみることにした。
とりあえず、市の淵から帰還した父と話もできたし、次回同じような危篤の知らせを受けてもすぐに帰って来れる保証もないし間に合う保証もない。。。が、今回帰ってきたことでお父さん孝行(ちょっとパフォーマンス的な気がしないでもないけど)できたし。今後生きてるお父さんに会えるかどうかもわからないけど、それはそれでしょうがないと思いながら、その地元の有力者みたいな人にお父さんの名前(患者名)と主治医の名前を聞かれたので、それを伝えた。
私からも主治医にお願いしたほうがきっとことが早く運ぶと言う話になったようだが、そのメッセージを見たのが22日の夕方だったので、翌日の勤労感謝の日は主治医もいないだろうから、金曜日に連絡をし、できれば金曜日に面会に行くと言う話になってた。そして金曜日はその口利きしてくれた友人も一緒に面会に行くと言う話になっていた。そして、友だちはパートの半休を取ってくれていた。
読んでくださりありがとうございます💖
チョコリーと申します✨
遠くもないけど異国の地で生活しています。大病を患い、人生諦めモードになった時もあったけど、今は体と心の健康(7体レベルすべてにおいての健康)に気をつけて生活しています
周りの人を明るくして行きたいと常に思っています。
趣味は、気になるものはいっぱいあるけど、一生かけてやっていこうと思っているのは内観かな👀
よろしくお願いします🙇♀️
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