7月初め、北海道、洞爺湖、支笏湖を回ってきました。

 



洞爺湖は11万年前の有珠山の大噴火でできました。
その約10万年前に起きた大噴火では、洞爺湖の西に広がる大地ができました。

わたしたちはせいぜい生まれて○○年、この壮大な地球の営みの前には
人間はとても小さい存在に感じます。

 



その後も何回も噴火を繰り返し、明治新山、昭和新山ができました。

実際に行ってみて驚いたのですが、昭和新山は、人々の暮らしているところのすぐそばなのです。
平坦な麦畑だった場所がわずか2年ほどで。隆起を繰り返し、現在の赤茶色の山になっています。

地球は生きている
大地のエネルギーを体感できる場所でした。

 



今も2~30年おきに噴火を繰り返している有珠山、
噴火はどこから起こるかわかりません。
今もなお、噴火の度に避難生活をしています。
何回も繰り返すうちに、減災の取り組みのスキルが上がっているようです。

温泉が出る、軽石が厚く積もり、水はけがよく、果樹園に利用されている、観光産業が発達するなどメリットはありますが、
何回も繰り返される地球の営みと共に生きている、
この地で暮らす人々を頼もしいと思いました。

もうひとつ、支笏湖も、約4万6千年前の支笏火山の大爆発のよってできたカルデラに約2万年かけて水がたまったとされています。

 

 



支笏湖にある丸駒温泉旅館、そこの歴史も驚きでした。

当時、けがをした馬を温泉につけたらよくなったことをきっかけに、
自分の神経痛も治したい、人にも伝えたい、という思いから、
温泉を手で掘ったそうなのです。
機械もない時代です。何か所も掘って探したようです。

そして、道路も何もなかったこの地に温泉宿を作った。
物資はすべて対岸から手漕ぎボートで何時間もかけて運び、
お客様も手漕ぎボートで迎えに行き連れてくる、

そのボートの写真を見たのですが、

20人ほどの人も乗っていて、わたしの想像を超える大きさでした。
こんな大きな船を手漕ぎボートというのか?

この船で対岸まで行き来していたのか?

初代当主はとても朗らかな方で、彼の人柄にひかれて多くの人が集まって来たそうです。

 



支笏湖畔の静かな宿、
今は道路ができ、車でこの秘境に行くことができますが、
現在も、電気も水道も通っていません。
自家発電をして、飲料水は支笏湖の水なのです。美味かったですよ。


冬になると、物音ひとつしない、
本当に静かな場所になるそうです。

何もないのですが、何もないことがとてもよかったです。

 



生きるということはどういうことか、

人それぞれ、違う価値観があり、違う目的があります。

彼らは何回も困難に直面したことでしょう。
辛いことも多々あったことでしょう。
それでもそこに住み続けた。

同じストーリーも別の視点から見ると違う世界が見えます。

彼らはもしかしたら、辛くてもそうするしかなかったかもしれません。
でも、もしかしたら、彼らは輝いた生き方をしていたのかもしれません。

自分が何を求めて、何に生きがいを感じるか、
それがわかると現実の対処が変わってきますよね。

魂が輝く生き方をしたいですね。