ある日、ふと考えた。

鏡っていつからあるんだろう?

 

そして人間しか使わない

鏡とは何か?

に想いを馳せてみる

 

  人はなぜ「自分を見たい」と思うのか

 

1)自分とは何かを知りたい

人間は「自分を対象として見る」性質がある🟰自己認識

 

2)「他人の目」を内側に持ってる

人が鏡を見るときって

ただの自分じゃなくて

「他人から見える自分」を見てる

 

つまり

鏡=他者の視点の疑似体験

 

3)反転してみえているから違和感があって

自分なのに自分じゃない感覚

鏡の像は左右が反転している世界

 

  ■ 外側の世界に意識が向いた理由?

 

考えられる理由

 

  • 自分を「見られる存在」として意識する
  • 見た目・表情・印象に注意が向く
  • 社会的評価と強く結びつく etc

鏡は外面への意識シフトを強めるものとも言える

 

 

 

  「自分は誰か?」を問い続ける装置

  • 見ているのは本当に自分?
  • 他人が見る自分と同じ?
  • 内側の自分と一致してる?
  • 本当の自分って何?
  • 自分とは誰?

鏡を見ている時無意識に問いが生まれる

だから人は👉 見たいけど、鏡を見るのは

どこか怖いと感じるのかも知れない

 

 

  もしこの世界に鏡がなかったら・・・

 

鏡がないと(映るものが無いまたは見ることができない世界)

👉「自分の顔を自分で評価できない」

 

だから

  • 他人がどう言うかがすべて
  • 集団の美の基準が絶対になる

でも同時に

👉ナルシシズム(自分の見た目への執着)はかなり減る

 

   現代は外から見た自分の捉え方は過剰

 

鏡+SNS+カメラ
→「外から見た自分」が過剰に強い

 

だから自己が“映像化”されすぎてる

映えるや盛ること最近はさらに

AI加工で現実離れしつつある

 

 

最近の人は

  ■ 自分の外側を気にしすぎて内側を見れていない

 

「見た目の自分」ではなく

「感じる自分」で生きる

内側に鏡を置いて心を見ることで

本当の自分に出会える

 

 

 

 

といういうことで

心の鏡に映る自分をイメージした鏡の誘導瞑想を

お試しください

 

 

鏡の誘導瞑想

 

 

 

楽な姿勢で目を閉じます。  

 

ゆっくり息を吸って……吐いて……  

 

呼吸を繰り返しながら、体の力を抜いていきます。

 

……

 

今、あなたの前に静かな鏡があります。  

水のようにやわらかく、

何も評価しない鏡です。

 

その鏡を、そっと見つめてください。

 

そこには、今のあなたが映っています。  

 

どんな状態でも大丈夫。  

 

ただ「そうなんだ」と受け取ります。

 

……

 

心の中で、鏡に問いかけます。

 

「鏡よ鏡、今の私に必要なものは何?」

 

 

浮かんでくるものを、そのまま感じます。  

 

言葉でも、感覚でもかまいません。

 

……

 

そっと鏡に手を伸ばします。  

表面は水のように揺れています。

 

そのまま、一歩中へ入ります。

 

そこには、静かにたたずむ

「もう一人のあなた」

 がいます。

 

その存在に聞いてみます。

 

「今の私に伝えたいことは?」

 

受け取るだけで大丈夫です。

 

……

 

やがてその存在はやさしくあなたに溶け込み、  

あなたは再び鏡の前に戻ります。

 

最後に深く呼吸をひとつ。

 

吸って……吐いて……

 

そしてゆっくり目を開けてください。

 

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心が落ち着かない時や

外側の情報や他人の目が気になりすぎた時

 

静かな自分に還るために

3分間でいいのでこの鏡の瞑想をお試しください