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東日本大震災後、大幅にライフスタイルが変わったこともあり、疎開先の南国暮らしをまったりつづることにしましたw(=⌒▽⌒=)



来年の1月1日の時点で、放射線基準値が現在の200ベクレルから元の10ベクレルに戻らなければ、福岡に移住することに決めた。


夫も一緒に移住するだろう。実家から専門商社の経営者として後継ぎの話が出ているけど、生涯ずっと福岡にいるとは思えないので、後継ぎの話は保留中~ショック!


夫も技術を持っているので転職などは問題ないだろう。実家の上の階が丸々空き部屋になっているのでそこを使わせてもらう予定。


まぁ、元の10ベクレルに基準値を戻したら関東圏にも住めなくなるし、そんな損害賠償を政府は支払えないだろう。子どもを育てる上で、200ベクレルという基準値が安全だという確信が持てない。


私の人生の目的は、大事な人たちのために生きるということに尽きる。1瞬1秒でもこの目的に反するような行動、思考は選択しない。目的が明確だから、目標も明確に立てられ、ビジョンも築ける。目先のお金や見栄やエゴやプライドや形式に縛られることはない。ただただ目的に従順に生きていく。


ノンストレスな日々を送れている。出会いがなければこんな生き方ができなかっただろう。社長には本当に感謝している。


東京でいくつか仕事の話も頂いているが、ずっとサラリーマンでいるつもりはない。自分だけの技術を身につけたい。上司から言われるがままに現状維持の組織に安住するより、独立して道を切り開いていく人生を選択したい。


そして、夫のように日本だけではなく海外からも話がくるような技術を身につけたい。大事な人たちとの予定を第一に入れられるような自由を手に入れる。今は、勉強する時間がたくさんある。この機会を大事に次のステップに進もうと思う。


東京都では放射線量測定機が売り切れだそうだ。西日本のマンスリーマンションも満杯の状態で、事態は緊迫している。自分の身は自分で守る。家族を守るために事前対応が何より大切だ。


いまだに放射線量の安全な基準値を示さない国や東電に人生を預けるわけにはいかない。


何のために誰のためになぜ生きているのか


震災から2週間で福岡に避難し、震災から1か月で1年の延長を決めた。次はもっと大きな決断になるだろう。今誘われている魅力的なビジネスや機会を全部断ることになる。夫もスカイツリーや大型の仕事を出来るのは東京だろう。

それでも、生きる目的が明確な私たちは、自分にとって大事なものが明確な私たちは選択にブレがない。迷いもない。


一貫した人生を生きる。目的以外のものに縛られている人は死ぬ直前に後悔するだろう。死ぬ直前に後悔しない毎日を送りたい。


自分にとって大事なことは何か、自分にとって一番大事なことは何か、自分にとって誰が大事か、大事なことを本当に大事にしているか、行動で示しているか、選択しているか、結果で示しているか


今日も頑張りたい☆

1か月以上ぶりの日記の更新~




タイトルにある通り、夫と1年間の遠距離生活をすることに・・・


理由は前に書いたとおり、放射能から子供たちを守るため止むを得ずの決断(ノ_-。)


夫は、スカイツリーなど大型プロジェクトをいくつも抱えているので東京に残ることになった。




予想通り、状況は悪化する一方でメルトダウンも確定し、これから次々に真実が明らかになるだろう。


震災後、原発の爆発があった直後に福岡へ里帰りしてよかった。




Chernobylの例を見ると、乳幼児の甲状腺がんは5年~10年後の発症が多く、大半が幼くして命を落としている。


日本の乳児に対する放射線基準値200ベクレルもなぜいきなり基準値が上がったのか国会でも明確な説明はなかった。3月17日までは大人の放射線基準値も10ベクレルとWHO基準と同じだったのが、3月17日以降300ベクレルにした理由も分からない。300倍にしても問題なかったならなぜ初めから300ベクレルではなかったのか、Chernobylの際、輸入規制を上限170ベクレルにしていただけに腑に落ちない。




夏の節電にしても、大人より体温の高い乳幼児は熱中症や汗藻などのトラブルが絶えない季節だけに懸念される。


Chernobylでは妊婦が被曝し、胎児の染色体異常が後になって多発している。




他にも懸念事項は多数あるが、子供の命と安全を守るのが親の責任なので、里帰りを1年に延ばした。状況次第ではさらに延長することも考えられる。




東京でビジネスの立ち上げの話や仕事の話もいくつか頂いているけど、今は母親業に専念しながらできることをしていきたい。




計画も大きく変更する必要があった。それでも、自分の描いているビジョン、根底にあるミッションは変わらないので柔軟に対応していこうと思う。




安全な水を使って娘の離乳食を作れることが有難い。東日本大震災で死に別れた家族も多い中で、命がある、仕事がある、守るべき存在がある私たちは恵まれている。家族に用いられ、人から必要とされ、自分を日々磨けるステージがあることは幸せなことだと思う。




夫とは2カ月に1度のペースで会えるし、毎晩電話で話せる。寂しくなっても夫とそっくりな娘の寝顔を見るたびに励まされる。原発問題が収まったら、家族で夫が手掛けたスカイツリーやレジャー施設などに足を運びたい(-^□^-)






結婚して、子供も産まれ、当たり前のようにずっと一緒に生活できると思っていたけど、人生時にはやむを得ないこともあるのだなぁと思う。それでも、何のために誰のためになぜ生きるのかということが明確だから、この決断は、絶対に後の未来を明るく照らしてくれると確信できる。




有難い(^人^)