今日は、家族にとって大きな分岐点となる出来事がありました。
この記事をもしも誰かが見てくれたとして、
なんと言えばいいのか、なんと声をかければいいのかわからないと思うけど、
あたしにとって、家族にとって、
とても大切な出来事なので、ここに書いておきます。
22年間一緒に暮らしていたおばあちゃんが
今日、老人ホームに入居しました。
認知症になって2年。
仕事と家事と介護に心身共に苦しくなっていた母。
自分の母のせいで大変な思いをさせてしまっている申し訳なさと仕事と戦う父。
文句を何一つ言わず、病院に付き添ったり、一緒に家にいた弟。
週末実家に帰って母の負担の軽減と
おばあちゃんと家族を笑わせることに注力したあたし。
デイサービスに通っていたとは言え、
同じ質問に何度も答え、
おむつを替え、
着替えを手伝い、
汚物を片付け、
父も、母も、弟も、あたしも、
この2年間でいろいろな変化と葛藤があった。
家族が壊れるかもという不安が消え、
母の負担が軽減できたことにほっとした気持ち、
おばあちゃんが独りにならなくて済むことへの安心、
リハビリへの期待がある一方で、
帰り際に言っていた、
「私は気の毒な人間だ」
「一人にしないで。寂しいよ」
「みんなと一緒にいたいよ」と言うおばあちゃんの言葉が突き刺さる。
いろんな言葉をかけたけど、
本当はあたしだって寂しい。
だって22年もずっと一緒にいたんだもん。
ボケてたってなんだって、
あたしのおばあちゃんであることに変わりはなく、
22年間ずっと一緒に住んでいたことも変わりはなく、
いつだって応援してくれていたことも変わりはなく、
何がお互いのためかとか、
おばあちゃんにとっての幸せかとか、
そんなん今はわからないけど、
寂しくて、謝りたくて、でもおばあちゃんの幸せを願うばかり。
一緒に住んでいたよりも距離は遠くなるけど、
おばあちゃんと孫であることも変わらない。
ここ数ヶ月、週末は実家に帰って、
日中の時間のほとんどをおばあちゃんとリビングにいたから、
今は誰も座っていないおばあちゃんの席が虚しい。
何度も繰り返し同じことを話す会話だったけど、
たまに笑って、たまに意外な顔を見せて、振り返れば温かな時間だった。
あたしと弟の小さい頃の話をするときは必ず優しい笑顔だった。
永遠の別れでもないのはわかってはいるけど、
ただそこにいないことに涙が出る。
そして涙と一緒に、自分の使命を強く感じる。
うまく言葉で整理できないけど、
あたしが絶対にやってやるんだ、変えるんだって思ってる。
自分で自分の人生をコントロールできるのなら、何だってできる。
人に決められなくても、自分の心で選んで、動いていける。
あたしには、自分で選んで動いていける体と、
大好きな家族と、大切なことを教えてくれたおばあちゃんと、
いつだって応援してくれる彼と友達と後輩と、
時間とパワーをかけて教えてくれる先輩たちがいる。
これからまじでどんなことあってもやってける自信ある。
支えてくれるものは揃ってる。
おばあちゃんに会いに行って報告するとき、
「そう。頑張ってるのね~」って笑ってもらえるように、
あたし、精一杯やる。まじで、頑張るかんね。
だからおばあちゃんもたくさん笑って、たくさん運動してね。
そして、あたしの子どもを、
おばあちゃん自身の力で抱っこして、名前を読んでもらいたい。
あ、その前に、結婚式に来てもらわんと!
「ひろちゃん、キレイね~」って笑ってもらわんと!
これからも元気でいてもらわないと困る!
よし。泣くのは今日までにして、ぐんぐん前に歩いてこう。
ふう。泣きすぎて頭痛いなう。w
