じぃちゃんは仕事してなくて、弟とワタシのご飯も洗濯物も家事全般をしててくれて、毎日パチンコ行っても夕飯もちゃんと作ってくれていた。
今思ったらお金はお父さんが送金しててまぁまぁ遊んでいたんだろーな。
なんかじぃちゃんには何も不満はなかったケド中学生になってから、なんだか自分の将来とか少しづつ考えてたらなんだか…

漠然と、


ワタシ親もいないし、なんか…大丈夫?


いいのか?

ある日友達と近所のデパートに買い物に行ったら、私に近づいてくるオバサンがいて、たぶんお母さんで、近づいてきたらそのオバサンはボロボロ泣きだして連絡先と10,000円くれて、その人のそばには小さい男の子がウロウロしてて…



もう幼いときのうっすらおぼろげな記憶のお母さん。

あとは写真の中のお母さん。

たぶん小さい可愛い男の子のお母さん。
モノゴコロついたアタシは、じぃちゃんばぁちゃんに育てられてた。父方の。
あと、2つ下に弟。
私の父と母は離婚したらく、父も母もどこにいるのかよくわからなかった。
じぃちゃんもばぁちゃんもマジメに育ててくれて、ワタシはあまり父や母について深く考えることもなく小学校時代を過ごした。

五年生の時、ばぁちゃんが死んだ。53歳SAHでした。

お葬式でお父さんに何年ぶりかであったけど、(それまでにも数年間に何度かうちに帰ってきていたけど)なんだか、毛皮を着てサングラスをかけて怖いオジサンみたいで、マトモに会話もしたことなかったから、なんだか本当にどっかのオジサンみたいだった。

ばぁちゃんの遺体をみて泣いていたから、お父さんなんだなぁって…

そこからは、じぃちゃんと弟とワタシの三人暮らし。

じぃちゃんもばぁちゃんもお母さんのことを、こう言ってた。

お前たちを置いて出て行ったんだ。

お母さんがお父さんを助けないから会社は倒産したんだ。

アバズレだ。


そんな話を聞かされてたけど半分信じてなかったし、アバズレが汚い言葉なのはわかったケドなんなのかよくわからなかった。

だから一度お母さんから電話がきて、会いたいって。わたしが電話に出たときあったけど、会いたいとも思わなかったし、憎しみもなかったけど、一応じぃちゃんばあちゃんの手前だったのか、不幸のシンデレラみたいなドラマが当時はやっていたからなのか、よく覚えてないけど、


あんたなんかお母さんじゃない!


って電話をガチャンと切ったりした。

小さい私の胸はなんだかチクチクしたのは覚えてる。



その環境がワタシという悪魔をつくるひとつだったワケだね。