御家人から旗本に身上がるべく、目の前の仕事に励む若き徒目付の片岡直人。だが上役から振られたのは、腑に落ちぬ事件にひそむ「真の動機」を探り当てる御用だった。

職務に精勤していた老侍が、なぜ刃傷沙汰を起こしたのか。歴とした家筋の侍が堪えきれなかった積年の思いとは…。折れた心の真相を直人が見抜くとき、男たちの「人生始末」が鮮明に照らし出される。正統派時代小説の名品連作。

（「ＢＯＯＫ」データベースより）

直木賞受賞作の「妻をめとらば」同様、時代は江戸、年号は文化、１９世紀の初頭、２００年続く天下泰平の世、幕末の動乱はまだ５０年先、そんな時代である。

将軍は子供が５０人以上いた徳川家斉、高度成長期は終焉し、財政立て直しを図った寛政の改革も不発に終わり、経済は停滞期。

本来が軍事政権である幕府は、泰平の世でも組織は昔と変わら、多くの無駄を内包する非効率な体制となっている。町人の台頭で貨幣経済に移行しているにもかかわらず、幕府の税収は石高、武士への俸給も米のため武士たちの生活も困窮、様々な矛盾が噴出する。

時代背景は同じでも、今度の著書はなんとミステリー仕立て、それもホワイダニット、罪を犯した老侍たちの、時代遅れの武士魂の中に潜む真の動機を探る。

主人公で探偵役の片岡直人はお家のため出世意欲に燃える若き徒目付、一方上司の内藤雅之は、出世に背を向けた、なんとも飄々とした男、このコンビが中々に良い。

個人的には「見抜く者」「蓼を喰う」が好み。元々は職業軍人である侍が、武芸を磨いたところで、泰平の世ではそれを発揮する機会もない。不本意なお役目に精勤した老境の侍の心に宿る昔年の想いが何ともつらい。

「六代目中村正蔵」も、一季奉公のにわか侍にも「一寸の虫にも五分の魂」、主を死に至らしめられた高山家の対応にも拍手。

時代遅れになった侍たちの心根や意地が、哀しみと少しばかりの可笑しみを持って描かれている、地味だけど自分好みの作品。

「半席」（青山文平）