桜の枝達延び切ったその先にある音楽室に枯れ草も生き返る様な清木溢れるピアノの旋律が響いている。

僕はサッカー部を辞めた。気が付いたら音楽室に足が向いていた。

音楽室から響く音色に引き寄せられるように、音楽室の扉を開けた。

朝霧涼子が一人ピアノを弾いていた。相変わらずその華奢な身体から何故こんなにも力溢れる音を生み出せるのか不思議に思う。

この旋律をいつまでも聴いていたい衝動に駆られる…。

旋律は進み、さらに力強くなる。そうかと思うと、湖面に一人少女が佇んで思いにふける様に哀しいメロディーにな。また生気溢れるメロディーになり終曲へと向かう…。
何故終曲へと向かっていることが解るのだろうか…

彼女は、僕には全く気付かない様子で全生命力を曲に注ぎ込む様に鍵盤を叩く。細い指が生きている波の様に動く…

僕は一歩も動けなくなっていた。

ジャッ、ジャッ、ジャー…

長い長い旅が終わった。
そんな感覚だった。

彼女は、目を詰むり最後に奏でた音が消えるその最後を贈り届けると、こちらを見て口を開いた。

『なにか用なの』
『部長!本日付けで部を退部します!』

僕は土屋部長に退部届けを突き付けた。部長は鳩が豆鉄砲をくらった様に目を丸くした。

『なんだと!お前はアホか!』

3年生の教室に怒鳴り声が響く。3年生の先輩方はなにかとこちらを見る。

『はい!アホでもばかでも構いません。辞めたいんです。』

部長は呆れたように溜息をはく。

『まあ、落ち着けサッカーが嫌になったのか?』

『いえ、大好きです!』

『じゃあ、なんだ?いじめにでも合っているのか?』

『いえ、同級生とも仲良く、先輩方も厳しいですが優しいです!』

『だったらなんなんだ!』

再び部長は怒鳴る。

『はい!しいて言うならば、男にはやらなければならない事があるということです。』

部長はさらにあきれた様子だ。

『意味がわからん!もういいわ!お前は練習もしっかりやるし期待してたんだがな!訳のわからんオーバーラップにヒヤヒヤしなくなってせいせいする。』

『はい!ありがとうございます。しかしいつもオーバーラップをする時は、ここしかないと感じるから行くんです。ゴールが呼ぶんです!』

『もういい。帰れ。2度と来るな。』

部長は本当にもうどうでもいいといった表情で、猫を追い払う様に手を2度はらった。僕は深く一例をしてその場を後にした。

サッカーは嘘偽り無く、大好きだ。チームメイトともうまくいっている。都大会優勝、それが大きな目標だった…。

今までは…。

男としてやらなければならないことに出会ったからだ。すがすがしい気分だ。

廊下に頂点から下降している日の光がサンサンと照り付けていた。
春、クラス変え。僕は残念ながら朝霧涼子とは同じクラスになれなかった。

あの合唱祭依頼僕はひそかに、淡い淡い期待をしていた。その期待もこの激しい春風がさらっていった。

彼女の演奏を聴いてから、学校に行くのが楽しみになった。あの旋律を奏でる彼女が同じ学校にいて、同じ空気を吸っている。もしかして擦れ違うかもしれない…。しかし、そんな機会はなかなか訪れない。僕が彼女と擦れ違った回数は、合唱祭以後2回だ。

その2回は、僕にとって長い長い時間に感じられた。胸が高鳴った…。

彼女と接したい。この気持ちは募っていくばかりだった。

しかし、僕と彼女の距離は、違うクラスというくくりに囲われた。

この状態に一石を投じるには……

僕は一学期最初の授業の5限、あることを思い付いた。

窓の外で吹き荒れる風は桜の花びらを遠くヘ運んでいくかのようだった。