フォーカスチェンジプロコーチの松本ひろゆきです。

 


 僕は長らく、



『人脈=その人のいる会社にコネ採用してもらうためのもの』



だと思っていました。




 ハッキリ言って、これは大きな誤りでした。




 本当の意味で人脈とは、




『その人(またその周辺の者)の成長の機会を提供するため

のネットワークおよびその活用によってもたらされるなんらか

の影響と波及効果』





であり、そのことが結果的に大きなビジネスになったり、あるいは社会的に何らかの価値を見出したりするものなのです。



 例えば、本田宗一郎と藤沢武夫、井深大と盛田昭夫が

出会っていなかったとしたら、今の日本は存在しえただろうか?



 このように数奇な巡り合わせによって、世の中は回っている。


 

 友人に知り合いを紹介しようとしたら、実はその友人のいとこ

だったとか、結婚相手を紹介しようと思ったら、自分の父親と

彼女の母親が昔の恋人同士だったとか、なさそうである話で

ある。




「世の中って狭いな」




「えっ、うそ~!」






って感じられること、皆さんもあるはず。



 でも、本当は世の中が狭いんではなくて、思考プロセスが似て

いるため引き寄せ合ってしまうというのが、実のところであろう

と思うのです。



 なんだかよくわからないけれど、やたら自分の周りには特定の

業界の人たちが寄って来る・・・というのも、実は自分がそう

望んでいるからに他ならないのです。




 いくら距離を置いても、やっぱり





『チャレンジしたい!』






ということは誰にでもあるはず。



 もちろん、場合によっては、年齢制限をされたり、いろんな

制約が存在するものもあるでしょう。



 でも、まったくゼロになっていることでなければ、果敢に

チャレンジしたいものです。




『人生はチャレンジだ!!』




 プロレスラー、故・ジャンボ鶴田さんのお墓の横にはこう

記された墓碑があります。


 これは師匠である、故・ジャイアント馬場さんから常に言われ

続けてきた言葉だそうです。



 鶴田さんは、1992年にB型肝炎を発症してからは、闘病生活

に入り、セミリタイア状態となりました。

 病状も落ち着いた頃、鶴田さんはまだ根性論がまかりとおって

いた日本のプロレス界・格闘技界の未来のために科学的な

トレーニングが必要だと筑波大学大学院の修士課程で体育

コーチ学を専攻、97年3月に修了しました。



 馬場さん亡き、99年に引退した鶴田さんは、アメリカは

オレゴン州ポートランド州立大学にスポーツ生理学の教授と

して渡米したのです。



 その翌年、2000年5月13日に鶴田さんは、フィリピンで

受けていた生体肝移植手術中による出血多量により、急逝

しました。


 このニュースはプロレス専門誌、スポーツ紙のみならず、

一般マスコミも大きくとりあげました。


 鶴田さんは、ドナーが見つかったフィリピンに渡り、生きようと

しました。


 



『人生はチャレンジだ!!』




 先程、名前を挙げたソニーの盛田昭夫さんは、

なんと60歳を超えてから、スキーに初挑戦しました。


 やろうとさえ思えば、年齢なんか関係ないことを盛田さんは

証明しています。


 人にはひとりひとり与えられた使命があります。


 既定路線から外れた者をアウトローと呼ぶ。


 いいのだ。


 アウトローでいいのだ。


 決められたレールの上を歩むことほど、つまらないことはない。


 そう、僕が歩いた跡が道となるのだ。


 周りと違うことを誇ろう!


 それは、あなたにしかないオリジナリティなのだから!


 周りと比較するのは、やめよう!


 それは、せっかく見出したオリジナリティを破壊することに

他ならない。


 そして行った先にいる仲間が、本当の人脈だ。



 松本 ひろゆき


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