フォーカスチェンジキャリアコーチ&イベント業務管理者の
松本ひろゆきです。
2012年4月13日午前1時頃。
僕が中学3年生の大晦日に我が家にやってきた、ラッキーが
約16年半の生涯を終えました。
僕が東京からの夜行バスで帰ってきた12日。
動物病院と夜間ペットクリニックでの注射、点滴の効なく、
息を引き取りました。
福島での知人の主催するイベントに参加する前日、4月5日にも
動物病院に行っていたラッキーに
「まだお前は生きられる。生きような!」
と声をかけました。
東北で被災地訪問をした際にも
「ラッキー、生きていてくれよ。せめて帰るまで待ってろ」
そう、エネルギーを送りました。
妹からのメールが来ないことが、ラッキーがまだ生きていて
くれる証だと思っていました。
そして、ラッキーは僕が帰った12日から日付が変わった13日
に僕が東北から帰ってくるのを待ったかのように、生涯を終えました。
僕がいない間、ラッキーは口を閉ざし、食事を拒否していたそうです。
それでも僕が帰る前日、僕が帰宅してから食事を摂りました。
しかし、ラッキーの胃はもう食べ物を受け付けなくなっていました。
恐らく、最後の1週間はしんどかったと思います。
それでも、僕との約束を守って、最後まで生きようとしたラッキーの
その生命力の強さに僕は胸を打たれました。
ラッキー。
我が家に来てくれて、ありがとう。
君が生きた16年半の一部を一緒に過ごすことが出来たことを
誇りに思うよ。
肉体はなくなったけど、君のエネルギーは永遠です。
それから、君の遺伝子を継いだみっくは、家族の中で誰よりも
強かった。
ラッキー、お疲れ様。
ラッキーの遺影に妹が選んだ写真です。
ロープが離れてしまった時には、5,6時間・・・場合によっては、
半日近く野山や海岸を駆けずりまわっていた君。
どこかに秘密の遊び場でも作っていたのかな?
とにかくそんな自由奔放なラッキーだったね。
でも、家に帰ってくると、頭を垂れて
「ごめんなさい」
をする君が健気だった。
近所に野良犬が来た時には、玄関の中にいたのに、自分で
玄関を開けて野良犬3匹の群れの中に自分だけで乗りこんで
いったね。
最高の武勇伝だけど、よくよく考えると危ない。
でも、自分のテリトリーを荒らされたプライドがそうさせたのかな?
砂浜でカニ採りするのが好きだったね。
ハサミで鼻を挟まれてからしなくなったけど、百発百中だった。
挙げればきりがないけど、本能ではなく理性で動く。
それがラッキーだったような気がする。
思えばラッキーと出逢うまで犬が恐かった僕は、秋田犬でも
シベリアンハスキーでも怖がらずに近付けるようになっていた。
ラッキーが遺してくれたもの。
家族が喧嘩せずに仲良くすること。
喧嘩してるときにはいつもラッキーが寂しそうな表情をしていた。
うまくいくこともうまくいかないことも含めて、己の道を歩む。
僕はラッキーと交わした約束を果たす。
そのために必要だと判断した、社団法人日本イベント産業
振興協会認定イベント業務管理者資格を無事に合格、取得
した。
僕は僕でしかない。
僕自身の人生という名の旅をするのみだ。
松本ひろゆき


