4月まで私が担当だった自治会による親睦会が開催されました。
テーマは、伊勢湾台風の体験から
「防災意識を高める」です。
未曾有の大災害、伊勢湾台風の経験者である
Y氏の話は、実体験でありますので
生々しいお話しもありました。
伊勢湾台風から58年。
昭和34年、9月26日。
最大風速50メートルの強い台風が
和歌山付近に上陸し、
猛烈な勢いで
名古屋の西から富山湾をへて北上し
三陸沖へと抜けました。
死者、行方不明者が5000人強という
甚大な被害をもたらしました。
特に愛知、三重の被害が酷かったようです。
私は戦後10ン年後生まれで
道路も舗装されてないし、小さい頃は白黒テレビ、クーラーも無く冬は火鉢。
おトイレは勿論汲み取り。
よく停電もしました。
また停電かぁ〜〜。ぐらいの
電話は無く有線で家に電話が入ると農協から
家の有線番号「11番さ〜〜ん」と呼び出しがあるんです。
そして冷蔵庫には鍵が付いてた時代、、
お店もなく
家の前には今の100均のはしりのような
『なんでも10円屋』と呼ばれる
リヤカーをひいたお店が定期的に来ていました。
でも実際は10円ではなかったと思います…
家で鶏を飼い卵を食べる。
私は鶏のエサやり係。
都会の方は、時代が同じでも
もう少し発展していたのかも知れませんが
なんせ田舎ですし、、
話しがそれたみたいですが
そんな不便な昔の暮らしを知っていても
今まで生きてきて
自分自身が大災害と言える自然災害に
遭遇した事はありません。
災害により物資が無くなっても
昔の物不足を知ってるから大丈夫。
という訳にはいきませんよね、、
お話しを聞いて今一度
避難袋の確認や携帯が繋がらない事も踏まえて
離れている家族の避難場所の再確認もしないといけない。と思わせて頂きました。
お湯を入れて食べる保存食の
アルファ米の試食もありがたく頂きました。
そして防災恒例
パンカンも2個お土産でいただき
災害に付いて改めて考える機会を与えて下さり
現役の頃には国語、習字の先生でもあり
校長先生もされていた語りべのY氏に感謝します。
ありがとうございました。
そして58年前、今まさに
この地に立つ場所に犠牲になられた方々が大勢いらした事実に思いを馳せて
ご冥福をお祈りしたいと思います。




