想いを乗せた声は
心の奥底にまで届きます。

心のこもった言葉は
とても心地よくて心に沁みます。

口先だけの言葉は
心の温度を下げてしまいます。

心のこもらない言葉は
反射的に聞かないようにしてしまいます。

私はどうもその辺が敏感なので
口先だけで心のこもらない言葉を
シャットアウトしているようです。

仕方ない、無意識なので。

その分、あたたかい想いのこもった声は
私を癒してくれるので、大好き。
目に見えないものの存在を
当たり前に感じているひとと

目に見えないものは
「ない」と感じているひとが

くっきり
はっきり
分かれている気がする。

良い悪いでも
どっちが上でも下でもなく
違う、というだけなんだけど。

でも
何かを創り上げるのは
目に見えないものだったりするのだよ。

例えば
お茶を淹れるにしても
ただ急須にお茶っ葉を入れて
お湯を入れて湯呑みに注ぐ。

それだけで「お茶」ではある。

でもね。
湯呑みに一度お湯を入れて
それからお茶っ葉を入れた急須に注ぐ。
少し蒸らしてそっと湯呑みに注ぐ。

味、全然違うのよね。

どっちでもいいんだ。
自分がどちらを選ぶかなんだ。

目に見えない「心」を大切にするか
現実、物質だけを見ていくか

それだけのこと。
でも、大事なこと。
先日、祖母が亡くなった。

その火葬の時に身体が震えるほど
怒りと悲しみを感じた出来事があった。

お骨上げで
ひょいひょいと
まるで箸の練習でもしてるかのように
お骨をつまみあげて箱に放り込んだ輩がいたのだ。

わたしにはあり得ない。
それは大事な祖母そのものだから。
祖母のお骨じゃなくても
人間の尊厳を感じるから大切に扱う。

それが当たり前と思ってたけど
そうでないひともいるのだな、と気が付いた。

人間の尊厳よりも
早く終えることに重きをおく。
そこの違いなだけで
善悪ではないのだろう。

私は
時間を選ぶような価値観の持ち主とは
絶対に付き合わないけどな!

祖母がよく「怒るなよ」と言っていた。
どんなに傷つけられても憎むなって。
祖母が遺してくれたものは大きくて
少しずつ少しずつ咀嚼していこうと思う。