おれは別れというものに慣れているらしい。
引越しをするのでアルバイト先の皆さんとも働くのが最後って人がたくさんいたんだ。
毎日同じ時に働く人なんていないわけで。
実際は明日が最後のこっちでのバイトなんだけどね。
で、色んな人に別れを告げたわけです。今までお世話になりましたとかメールするよとか。
そこで思った。
なんかおれ手慣れてねぇ?
軽い感じでさようなら。
またいつか会えるさって。
はいよく考えたら今まで6回ほど引越ししてるんですおれん家。
小学、中学と3、4回友だち変わってるわけで。
どおりで流れるようにさよならできたんだなぁ。
そしてさらに、思いました。
引越しばかりで同じところにとどまるのは長くて2年。
そんな生活が続いたせいなのかな。
自然と浅く広い関係になってしまうんだなと。
職場、学校、その他もろもろ、話せるし冗談も言えるけど一緒に遊んだり飯食べたりとかそういう付き合いはほんの一握りの方々だけ。
一、二年経てば顔は覚えてても名前は出てこない。
そんな浅い関係しかない人たちが、知り合いがたくさんいる。
頭のどこかでそういう付き合いをするような習慣がついてしまっているのかも。
そしていつの間にか、誰かと深い関係を持つことをためらうようになっていた。これは本当。
最近わかってきた。
なぜ目を合わせて話せないのか、なぜ話すのを面倒だと感じてしまうのか。
その理由はここにあったわけだね。
広く、様々な人たちと付き合えるのいいことだと思うしおれのいいところだとも自覚している。
とっつきやすい性格なんだ。
でもとっついたものの、そこからはノータッチ。
進んで仲良くなろうとはしない。
ただなんとなく話す、ふざけあう。
いったん別れてしまえばすぐ忘れられる。
こんな薄情なのはいやだな。
相手も嫌だろうし、おれも嫌に決まってる。
どうすればいいんだ?
とか思ってた矢先、明日のおれの送別会15人くらい集まっちゃったよ。
バイト先の。
飲み会に行く、って気分で来る人を除いてもなんでおれなんかの送別会に?
おれはあんたらと話したりふざけたりはしたけど、薄っぺらな関係だったじゃん。
おれはあんたらに何かあげたっけ。
役に立つようなことしたっけ。
むしろ迷惑かけなかったっけ。
つまりじゃああれだ。
おれがウダウダ悩んでただけで周りの人はそんなこと思ってなかったってことだ。
きっとそうだ。
そうじゃなかったとしてもいいよ。
おれは確かに、みんなと良い関係を築けてた。
そう思って良いんだよね?
「おれは薄情者の冷血人間だ」とかって自分を嫌いにならないでいいんだよね?
改めて思った。
おれは周りの人に本当に恵まれてる。
なぜこんなにも、知り合った人友だちになった人、みんないい人たちばっかりなんだ?
どうしておれのことなんか好いてくれるんだ?
もう一度言う。
おれは皆さんに恵まれてます。
本当にありがとう。
皆さんがおれに直接的何かしてくれてなくても、あなたのちょっとした言葉、行動、はたまたその存在だけで、救われてるおれがいます。
ほんとにほんとにありがとう。
みんながおれを忘れても、おれがみんなを忘れても、この時こんな風に救ってくれたっていう事実はなくならず、またおれの人生のどこかで力となってくれるでしょう。
こんな素晴らしいことを知った今、日々のちっちゃな辛さなんて吹っ飛ぶ。
辛さにばっかりかまってたら幸せに失礼だ。
前にも書いただろうけど、やっぱりおれは良いことも悪いこともありがとうって言える、そんな前向きな人間になりたい。
なれるわけない、なんてことはない。
できないことなんてないよ。
おれには支えてくれる人が山ほどいるんだから。
いつもありがとう。
iPhoneからの投稿
引越しをするのでアルバイト先の皆さんとも働くのが最後って人がたくさんいたんだ。
毎日同じ時に働く人なんていないわけで。
実際は明日が最後のこっちでのバイトなんだけどね。
で、色んな人に別れを告げたわけです。今までお世話になりましたとかメールするよとか。
そこで思った。
なんかおれ手慣れてねぇ?
軽い感じでさようなら。
またいつか会えるさって。
はいよく考えたら今まで6回ほど引越ししてるんですおれん家。
小学、中学と3、4回友だち変わってるわけで。
どおりで流れるようにさよならできたんだなぁ。
そしてさらに、思いました。
引越しばかりで同じところにとどまるのは長くて2年。
そんな生活が続いたせいなのかな。
自然と浅く広い関係になってしまうんだなと。
職場、学校、その他もろもろ、話せるし冗談も言えるけど一緒に遊んだり飯食べたりとかそういう付き合いはほんの一握りの方々だけ。
一、二年経てば顔は覚えてても名前は出てこない。
そんな浅い関係しかない人たちが、知り合いがたくさんいる。
頭のどこかでそういう付き合いをするような習慣がついてしまっているのかも。
そしていつの間にか、誰かと深い関係を持つことをためらうようになっていた。これは本当。
最近わかってきた。
なぜ目を合わせて話せないのか、なぜ話すのを面倒だと感じてしまうのか。
その理由はここにあったわけだね。
広く、様々な人たちと付き合えるのいいことだと思うしおれのいいところだとも自覚している。
とっつきやすい性格なんだ。
でもとっついたものの、そこからはノータッチ。
進んで仲良くなろうとはしない。
ただなんとなく話す、ふざけあう。
いったん別れてしまえばすぐ忘れられる。
こんな薄情なのはいやだな。
相手も嫌だろうし、おれも嫌に決まってる。
どうすればいいんだ?
とか思ってた矢先、明日のおれの送別会15人くらい集まっちゃったよ。
バイト先の。
飲み会に行く、って気分で来る人を除いてもなんでおれなんかの送別会に?
おれはあんたらと話したりふざけたりはしたけど、薄っぺらな関係だったじゃん。
おれはあんたらに何かあげたっけ。
役に立つようなことしたっけ。
むしろ迷惑かけなかったっけ。
つまりじゃああれだ。
おれがウダウダ悩んでただけで周りの人はそんなこと思ってなかったってことだ。
きっとそうだ。
そうじゃなかったとしてもいいよ。
おれは確かに、みんなと良い関係を築けてた。
そう思って良いんだよね?
「おれは薄情者の冷血人間だ」とかって自分を嫌いにならないでいいんだよね?
改めて思った。
おれは周りの人に本当に恵まれてる。
なぜこんなにも、知り合った人友だちになった人、みんないい人たちばっかりなんだ?
どうしておれのことなんか好いてくれるんだ?
もう一度言う。
おれは皆さんに恵まれてます。
本当にありがとう。
皆さんがおれに直接的何かしてくれてなくても、あなたのちょっとした言葉、行動、はたまたその存在だけで、救われてるおれがいます。
ほんとにほんとにありがとう。
みんながおれを忘れても、おれがみんなを忘れても、この時こんな風に救ってくれたっていう事実はなくならず、またおれの人生のどこかで力となってくれるでしょう。
こんな素晴らしいことを知った今、日々のちっちゃな辛さなんて吹っ飛ぶ。
辛さにばっかりかまってたら幸せに失礼だ。
前にも書いただろうけど、やっぱりおれは良いことも悪いこともありがとうって言える、そんな前向きな人間になりたい。
なれるわけない、なんてことはない。
できないことなんてないよ。
おれには支えてくれる人が山ほどいるんだから。
いつもありがとう。
iPhoneからの投稿