![40代 [今日からオレは!]アフィリエイターへの挑戦日記 第二話](https://free-life0807.com/wp-content/uploads/2019/09/912b7ef4d1b0365e29621327a6e6a332_s.jpg)
こんにちはfree-Lifeです。今日は私が20代の頃のお話をしようと思います。周囲は山々、農業が主たるのどかな田舎町では、親が会社を経営しているだけでもイメージはボンボン息子。私もこの小さな世間でそう呼ばれていたようです。
当時首都圏ではバブルが崩壊した後とはいえ、距離のせいでしょうか、私の住んでいる田舎にはまだまだその波紋は来ていませんでした。仕事が終わると毎日のように飲みに行き、帰りは朝。こんな生活を、ほぼ毎日のように繰り返していました。しかし、そんな私の知らない所で少しづつ、何かが静かに変わっていたようでした。
実は私には年の離れた兄が一人います。兄は大学を卒業後すぐに家業を継ぎ、若いながらも会社の社長でした。銀行からの借り入れもほとんどすべてが兄の名前で行われており、当然周囲からもチヤホヤされる存在でした。そしてその延長線上で、弟である私も兄と同じくチヤホヤされ、おごり目的で声をかけてくる人に飲みに誘われ、毎晩飲み歩いていました。まさにバブル全盛期です。今では考えられませんが。。
しかし、誘われるからというだけで飲み歩いていたのではないのが本当のところです。理由は一家団欒であるはずの、我が家の食卓にありました。たまに家でご飯を食べると、決まって兄と父との喧嘩が始まるのです。
そのほとんどがお金にまつわる衝突です。そんな喧嘩を目の当たりにしながらの食事なんて、まずいにきまってます。だけど、こんな家庭内の事情を他人が知るわけもなく、相変わらずボンボン息子と呼ばれる自分にとって、外に出る事が最大のやすらぎだったのかなぁ…と思います。ちなみにそのころの会社の売り上げは過去最高の数字で、従業員もざっと数百人いました。
若い私に対しても、社長の息子というだけでみんなが気を使い、サボっていても誰も注意をしてくれる事もなく、飲み過ぎて二日酔いの時は休憩時間だからと3時間昼寝。勘違いも甚だしいとはこの頃の自分の事ですね。本当に今振り返るのも恥ずかしい、最低の若僧でした。
当時の私は周囲の目を気にする事もなく、毎晩彼女の家に行ったりクラブに通ったりと、絵に描いた様なバカ息子ライフを謳歌していたのです。あ~情けない!
もしも私の奥さんにこの頃の自分を見られていたら、間違いなく結婚してもらえなかった事でしょう。
今もし過去に戻ることができるのならば、その後出会った奥さんと、授かった子供達の未来のために、もっとお金を大事にとっておけばよかったなぁ…と、心底後悔しています。
しかし後悔しても、過去を変えることは誰にもできません。だけど未来の方は、やり方次第では変えることができるといいます。私は、このブログが完結する時には、自分が自分の力で大きなものを手に入れた姿を、しっかりとイメージして書いています。
今日も読んで頂きありがとうございました。
最後に私の好きな言葉を皆さんに紹介します。
心が変われば、行動が変わる
行動が変われば、習慣が変わる
習慣が変われば、人格が変わる
人格が変われば、運命が変わる
ウィリアム・ジェームズ
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