10月13日の夕方出発し、夜中に乗り継ぎをして10月14日に日本に到着する。
朝の9時に空港に着き、父と兄は葬儀の打ち合わせで迎えに来れないということで、
タクシーで兄宅へ向かう。
到着したのは10時過ぎだったか、頭がいっぱいで記憶がない。
家に到着して、父と兄は葬儀屋さんが来てお話をしている最中だった。
私は1番に母のところに行った。
白い布がかけられた母は、本当に亡くなっていた。
とても可愛い綺麗な顔をして、とても静かに眠っていた。
手で母の頬に触れる。
とても柔らかい頬だった。
だけど、冷たかった。
茫然としているような、自分が何を考えているのか分からないような感情で
途中から涙が溢れてきて泣いた。
母の全身を手で触って確認した。
その後、母を死装束に着替えさせてくれたり、お顔のお手入れや死化粧をしてくれる女性が2人来て、
私はその様子を傍でずっと見守っていた。
お母さんの最後の姿を、しっかり見ておきたかった。
お母さんは綺麗にお化粧をしてもらい、全身白い服をまとって、棺に納められた。
どんどん手が届かなくなってしまうような気がした。
葬儀屋さんのお話を聞いた後、もうお昼になろうとしていた。
私は喪服を持っていなかった。
20年以上海外に暮らしている私には、今まで正式な喪服が必要になることがなかった。
母が持っていた喪服は、私には小さく入らなかった。
姪っ子がサイズが沢山あるというお店を教えてくれた。
急いで1人で車を走らせ、喪服を買いに行った。
黒の服ならいいとは言えど、娘が変な格好では母が悲しむような気がして、
数十分で喪服のスーツを選び、黒いストッキングも購入。
そのお店に合う靴がなかったので、持ってきた古い黒い靴を履くことにした。
お通夜とお葬式の為に葬儀社の施設へ移る出棺まで、数時間で本当にバタバタだった。
父が出棺まで少し休むと自分の部屋へ上がって行ったのに、
その後で降りてきて、
自分で書いた1枚の書を棺に入れようとしていた。
「○○へ、ながい間ありがとう、○○○」
母の名前、そして自分の名前が入ったその書が目に入った瞬間、
泣けた。
そして父が本当に母を愛していたことを、この瞬間に本当に知ったような気がする。
なんて素敵な父なんだ。
そしてなんて素敵に愛された母。