「人間は、陰陽法則の最も高次な表現者として宇宙が意図した存在」、そして「その表現者としての証こそ、叡智」、「男性は叡智ある人々であり、女性を守護し、互いが互いを大いなる愛の力で支え合っていた。彼らのその男女のあり方は、陽は陰で成り立ち、陰は陽で成り立つ、循環が尽きることのない創造をもたらす宇宙の原理」…千賀一生さん著『ガイアの法則[Ⅱ]』に書かれていたので、ご紹介したいと思います

「」内はシュメールの神官の話で、著者の千賀さんが心に思ったことに、答えている展開になっています�
(ここから、一部引用)
「人間は、陰陽法則の最も高次な表現者として宇宙が意図した存在だ。
その表現者としての証こそ、叡智である。
叡智とは、我々にとって宇宙に身を捧げた者の証として宇宙が直接的に彼に語ることになる宇宙の言語であった。そうして宇宙の言語を聞くことのできる次元へと至った者を、我々は賢者と呼んだ。賢者たちは、神官のみでなく、自然の中で生活する民の中にも存在した。自然の中で生活する彼らは、『精霊を把握する者』と呼ばれることも多かった。一人の男性に身を捧げた女性が、逆にその男性から叡智という大いなる愛によって守護されるように、宇宙に身を捧げた賢者は、自然界の精霊たちから大いなる愛によって守護されたからである。
彼らは、先に伝えた大自然の中で精霊と交流するために踊っていた女性たちと同一の民であり、我々がシュメールを築く以前からチグリス川沿いの森に生活していた。当時、シュメールの地は、緑豊かな理想郷であり、地上で最も次元の高い自然環境にあった。この地に我々よりも先にやってきた彼らは、非常に感度の高い人々であり、自然界の精霊と交流し合える人々であった。裸を恥じる観念がなく、全裸で過ごすこともあり、衣服は、体を隠すためではなく、より魅力的な存在となるために身に付け、豊富な自然に恵まれた彼らは、生きることの楽しみをあふれるほどに享受する魅力ある人々であった。
彼らの生活ぶりは、楽園のアダムとイブそのものであり、男女の関係は我々から見ても理想的であった。我々は、彼らを心から敬し、彼らの生活を損なうことのないようにシュメールを築いた。我々は、神殿の近域に広大な森をもっていた。神聖儀式が行われるこの森は、一般のシュメール人は立ち入ることはできなかったが、唯一この楽園の民の立ち入りだけは許されていた。彼らは精霊そのものの存在と見なされていたからである。女性たちは精霊たちと交感する高い感性をもち、巫女として少女の年代から我々の神殿に招かれることも多かった。
男性は叡智ある人々であり、女性を守護し、互いが互いを大いなる愛の力で支え合っていた。彼らのその男女のあり方は、陽は陰で成り立ち、陰は陽で成り立つ、循環が尽きることのない創造をもたらす宇宙の原理そのものであり、我々はこの楽園の民を敬しつつ交流し、時に彼らから大いなる学びを得たのである」


「」内はシュメールの神官の話で、著者の千賀さんが心に思ったことに、答えている展開になっています�

(ここから、一部引用)
「人間は、陰陽法則の最も高次な表現者として宇宙が意図した存在だ。
その表現者としての証こそ、叡智である。
叡智とは、我々にとって宇宙に身を捧げた者の証として宇宙が直接的に彼に語ることになる宇宙の言語であった。そうして宇宙の言語を聞くことのできる次元へと至った者を、我々は賢者と呼んだ。賢者たちは、神官のみでなく、自然の中で生活する民の中にも存在した。自然の中で生活する彼らは、『精霊を把握する者』と呼ばれることも多かった。一人の男性に身を捧げた女性が、逆にその男性から叡智という大いなる愛によって守護されるように、宇宙に身を捧げた賢者は、自然界の精霊たちから大いなる愛によって守護されたからである。
彼らは、先に伝えた大自然の中で精霊と交流するために踊っていた女性たちと同一の民であり、我々がシュメールを築く以前からチグリス川沿いの森に生活していた。当時、シュメールの地は、緑豊かな理想郷であり、地上で最も次元の高い自然環境にあった。この地に我々よりも先にやってきた彼らは、非常に感度の高い人々であり、自然界の精霊と交流し合える人々であった。裸を恥じる観念がなく、全裸で過ごすこともあり、衣服は、体を隠すためではなく、より魅力的な存在となるために身に付け、豊富な自然に恵まれた彼らは、生きることの楽しみをあふれるほどに享受する魅力ある人々であった。
彼らの生活ぶりは、楽園のアダムとイブそのものであり、男女の関係は我々から見ても理想的であった。我々は、彼らを心から敬し、彼らの生活を損なうことのないようにシュメールを築いた。我々は、神殿の近域に広大な森をもっていた。神聖儀式が行われるこの森は、一般のシュメール人は立ち入ることはできなかったが、唯一この楽園の民の立ち入りだけは許されていた。彼らは精霊そのものの存在と見なされていたからである。女性たちは精霊たちと交感する高い感性をもち、巫女として少女の年代から我々の神殿に招かれることも多かった。
男性は叡智ある人々であり、女性を守護し、互いが互いを大いなる愛の力で支え合っていた。彼らのその男女のあり方は、陽は陰で成り立ち、陰は陽で成り立つ、循環が尽きることのない創造をもたらす宇宙の原理そのものであり、我々はこの楽園の民を敬しつつ交流し、時に彼らから大いなる学びを得たのである」

2012 by Fran Zepeda. All Rights Reserved. Permission is given to copy and distribute this material, provided the content is copied in its entirety and unaltered, is distributed freely, and this copyright notice and links are included.