【マンガの名言】

『バガボンド』より







無垢な目に射抜かれ









おびえた















『バガボンド』
14巻 ♯129 手 より





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鐘巻自斎が赤子の小次郎に心を開くのを怖れて言った言葉。

無垢な目(赤子の佐々木小次郎の目)に射抜かれる。

どういうこと?

ヒロジの個人的な体験です。

自分の息子がまだ生まれたばかりの頃

顔をまじまじと観察するように見ていたら

息子が突然

ニカっ!!

と、笑いました。

そうしたら

私の目から

突然

涙が・・・。

別に悲しいわけでもない。

嬉しいというわけでもない。

何も熱い感情が湧くこともなく

ただ涙が出ました。

無垢な目に射抜かれるとは

こんなこと?

なんて考えてしまいました。

と同時に

鐘巻自斎の「おびえる」という感じも

なんとなく理解できました。

つまり

感情の表層を一気に突き抜けて

心の奥に刺さるんですよね

無垢な子どもの表情って。

感情としてわき上がるものに作用するなら

訓練次第でコントロールできるんでしょうけど・・・。

感情は

怒ってる時は

怒ってるって

悲しい時は

悲しいって

理解出来るものとして与えられますから。

でも感情の表層を突き抜けて作用するものに関しては

手の打ちようがない分

それを怖れ怯えるということもありうることだなと・・・。

皆さんはどう思いますか?
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【マンガの名言】


『バガボンド』より





隙がない--------------いや






隙だらけ?




・・・・・・・・



!



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でかい--------------








『バガボンド』
13巻 ♯122 「毒蛾」 より
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【ヒロジ考】

昔、ゲームセンターに行って

対面式のゲーム機で

相手が誰か見えない状態で格闘ゲーム(バーチャファィター)をやっている時

4人勝ち抜いて

5人目の挑戦者が登場。

何故か見ている人たちは静かに・・・。

どんな対戦相手?

もしかしたらスゴイ人?

と思っていたら

相手はゲームが始まっているのに

ピクリともせず。

ん・・・・?

どんな手?

どうしたらいい?

戸惑う私。

そのうちに相手キャラは前後に小刻みに動き

そして

ふわ~っと後方に大きなジャンプ。

その流れるような動きに

私は吸い込まれるように何もできず・・・。

そうしたら

相手キャラはそのまま

静かに場外に落ちていきました・・・。

ん?

何が起こったか分からず茫然

少し立ち上がってゲーム機の向こう側を見ると

なんと

相手は

三歳か四歳くらいの子どもでした(笑)

たぶん

ゲームの操作もルールも分からず参戦したのでしょう。

彼の無邪気なプレイに

大人の私は

金縛りにされていたのです(笑)

隙だらけって

意外に

相手を戸惑わせるもんなんですよね。

この子どもの無邪気さを意図的に取り戻せる人

それが何かの道を極めた人なのでは

なんて考えさせられました。



【マンガの名言】






『バガボンド』より



命を奪う--------------



他人を無価値と断じることで



ほんのわずか自分の存在が確認される



いい気持ちになれる-------------------



そんな人間がいる



鎖鎌を磨いた



宍戸梅軒の中から



辻風黄平という名の



死神が再び現れた












『バガボンド』
13巻 ♯120 死神再生 より
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【ヒロジ考】

他人を無価値と断じるのは

自分の存在の価値を高めたいという欲求につながっているようにも・・・。

何故?

無価値とは価値と対になるものだから。

誰かを無価値と捉えたとき

価値ある何かがうっすらと立ち現れる。

無価値と捉える私の背後に

価値ある光が指してくるような気がする

そして何かを新たに創造したような充実感がみなぎる

しかし

誰かを無価値と捉えたとき

その誰かとはあくまでそのように捉える私の中のにいる誰か。

それを無価値と捉えることは

実は私の一部を無価値と捉えることであり

やがて

その無価値の闇は

自己に現れた価値ある光を打ち消してしまう。

再び闇となった【私】は

またしても誰かを無価値と捉えることで

かすかな価値の光を求めることになるでしょう。

【殺し合いの螺旋】とは

このようにして起こるものではないかなと・・・。


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編集後記

最近、大学のころ読んだ哲学関係の本を再読してます。

相変わらずよく分かんないことも多いのですが

毎日の生活を振り返ったり

マンガの中から隠れた名言を探すのには

いいヒントにあふれているな~とも。

哲学に限らす

たま~にちょっと難しい本にチャレンジするのも

新しい発見があると思いますよ~。


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すべての熱き魂を持つ男性諸君送る!!



宮本武蔵の名刀雨傘
大人のための【マンガの名言】

至極の一品

家宝にしてよし。

予期せぬ気候の変化に対応する戦略的使用もよし。

出来る男をアピールするアイテムとして用いてもよし。

外国人に日本人の魂を伝えるおみやげとしてもよし。

だが

やはり武蔵を気取るなら、二本持ち歩くべきか?








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【マンガの名言】




『バガボンド』







今日無数の命が生まれ




それと同じだけ死んでいく




明日も




明後日も




その繰り返し




お前の命もそのうちのひとつに過ぎぬ











『バガボンド』
13巻 ♯120 死神再生 より


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鎖鎌の名手・宍戸梅軒(辻風黄平)が武蔵を殺そうとして述べた言葉

確かに毎日多くの命が生まれ

そして多くの命が失われる

その繰り返しを

つぶさに観察すると

自分の命も

他人の命も

無意味に思えてくることも。

でも見逃していることがあるようにも。

それは

そのように断定する自分同様

他の存在も

自分の世界の中心にいること。

そして

命を無意味と断定する自分同様、

生に対してなんらかの意味を

見出そうと努力しているということ。

生を無意味と断定する

その断定自体にも

自己の生を肯定する

生への衝動が根っこににあるでしょう。

なぜなら

それはそれは世界を達観するという

神の視点の奪取への努力だから。

そしてそれは

その視点のもとに全てを組み入れることで

世界を取り込もうとする

根源的な生への欲求の裏返しだから。

神とはすべての意味の根源。

もし本当に無意味なら

そんな【無意味】という判断すら必要ないでしょう。

だって無意味なんですから。

命を無意味と断定するのは

逆に

生の意味に対する渇望が限界に達していることの現れでしょう。





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編集後記

今日は私の好きな『バカボンド』から名言をとりあげました。

原作の吉川英治の小説『宮本武蔵』は中学の時に読みました。

読むきっかけはマンガ『空手バカ一代』の大山倍達が愛読していたから。

30代になって、吉川英治『宮本武蔵』読みかえすとと
少し気恥ずかしい思いがするのはそれだけ自分が大人になったからかな、
いろんな意味で。

いろんな作品でいろんな武蔵が登場しますが
『バガボンド』の武蔵は個人的に一番好きです。

たぶん本当の武蔵や実際の武士の生き方とは違うのでしょうが
生とか死とか
殺人の技である剣を極める意味とか
武士という存在とか
他者存在とか
いろんなテーマが絡みあっていて
そして登場人物達の生き様も
複雑に絡み合って
武蔵という青年の成長がうまく表現されているなと思ってます。

最終章
小次郎対武蔵の行く末は?
個人的には、その闘いの後の武蔵の境地はどう表現される?
など興味がつきないですね。