母校が敗戦した。
これで今年の夏は終わり。
観戦・応援されてた関係者などは納得のいかないプレージャッジもあったと感じられますが流れは変わらず負けは負け。
監督・選手達の力が足りなかった結果ですね。
今日新聞の記事を読んだ。
どこまでホントかわからないが2点引っかかる内容があった。
エースが春先に足を痛めていたらしい。
監督が選手の意見を尊重しての続投。
スポーツ選手に怪我はつきものです。
100%万全など不可能に近い。
負けてそれを理由の一つにするのか?
「途中から足に痛みが走った」と書いてあった。
だから打たれたのか?
力が足りなかったから打たれたのだろう。
配球やコントロールなどの状況判断は現状から判断することであって切り抜ける方法の選択が間違っていたから結果打たれたことだと思う。
足が万全だったなら抑えられた保証など何一つない。
「選手が続投を志願したので行けるとこまで投げさせてやりたいと思った」
よくある「選手を信じて」というコメントであるが記者はここの部分は慎重に言葉を選ばないと180度違う考え方となる。
このままの記事を鵜呑みにすれば「指揮官放棄」の発言である。
簡単にいえば「俺は悪くない選手が投げたいといったから投げさせた」と負けを選手達に責任転嫁していることになる。
あくまでもチームの負けはその選手を起用した監督の責任である。
「選手の志願もあったが自分の判断として続投させた」
これが采配であり監督の言葉である。
実際、現監督はそこも熟知しているはずなので後者であるはずだ。
この2点が記事通りのコメントであれば「情けない」の一言です。
打たれようがエラーしようがゲームセットで多く点を取ったチームが勝者。
夏の高校野球は優勝校以外は甲子園に行けないのです。
ならば勝たないと意味がない。
負ければそこで終わり、言い訳しても見苦しいだけ。
個人選手の成績など関係ない、チームが勝たないと意味がない。
そこで勝てなかっただけである。
優勝したら監督はこう言えばいい
「選手たちを信じ任せた結果です!」
この言葉を言えるのはナンバー1になった監督のみですけどね。
今年も逃しましたね。
また1年後です。
これで今年の夏は終わり。
観戦・応援されてた関係者などは納得のいかないプレージャッジもあったと感じられますが流れは変わらず負けは負け。
監督・選手達の力が足りなかった結果ですね。
今日新聞の記事を読んだ。
どこまでホントかわからないが2点引っかかる内容があった。
エースが春先に足を痛めていたらしい。
監督が選手の意見を尊重しての続投。
スポーツ選手に怪我はつきものです。
100%万全など不可能に近い。
負けてそれを理由の一つにするのか?
「途中から足に痛みが走った」と書いてあった。
だから打たれたのか?
力が足りなかったから打たれたのだろう。
配球やコントロールなどの状況判断は現状から判断することであって切り抜ける方法の選択が間違っていたから結果打たれたことだと思う。
足が万全だったなら抑えられた保証など何一つない。
「選手が続投を志願したので行けるとこまで投げさせてやりたいと思った」
よくある「選手を信じて」というコメントであるが記者はここの部分は慎重に言葉を選ばないと180度違う考え方となる。
このままの記事を鵜呑みにすれば「指揮官放棄」の発言である。
簡単にいえば「俺は悪くない選手が投げたいといったから投げさせた」と負けを選手達に責任転嫁していることになる。
あくまでもチームの負けはその選手を起用した監督の責任である。
「選手の志願もあったが自分の判断として続投させた」
これが采配であり監督の言葉である。
実際、現監督はそこも熟知しているはずなので後者であるはずだ。
この2点が記事通りのコメントであれば「情けない」の一言です。
打たれようがエラーしようがゲームセットで多く点を取ったチームが勝者。
夏の高校野球は優勝校以外は甲子園に行けないのです。
ならば勝たないと意味がない。
負ければそこで終わり、言い訳しても見苦しいだけ。
個人選手の成績など関係ない、チームが勝たないと意味がない。
そこで勝てなかっただけである。
優勝したら監督はこう言えばいい
「選手たちを信じ任せた結果です!」
この言葉を言えるのはナンバー1になった監督のみですけどね。
今年も逃しましたね。
また1年後です。