その後、
2週間を自宅で過ごし、主人は旅立ちました。
いつもと変わらない騒がしい子ども達の声を聞き、食事はとれなくなってたけど家族でご飯を食べ、主人の姉弟家族は何度も来てくれていつもの親戚の集まりのようにご飯を食べ、友人も、仕事仲間も、本当に沢山の人が主人に会いに来てくれました。
最期の時は、明け方のちょうど2人きりの時間。
子ども達はすぐそばで寝てたけど、私は起きてた時間で良かった。寝れないけどね、でもウトウトとしてる時間もあったからね。きちんと見届けさせてくれて、ありがとう。
なんでこんな事になったのかなぁ。
まだまだ一緒にいたかったな。
まだまだ一緒に子育てしたかったな。
もっともっと家族みんなで幸せな時間を過ごしたかったな。。
悔しいな。。。
私が1番近くにいたのに、もっと早く病院に行くように言ってたら、違う病院にしてたら、、、
あの時こう言ってたら、こうしてたら、、
そんな事ばっかりぐるぐる頭を駆け巡り。
ごめんな、ごめんなって、思ってる。
大好きな人なのに。
もっともっと沢山お喋りして、毎日笑って楽しく過ごしたかったのに。
沢山辛い思いをさせてしまった。
しんどかったな。
ごめんな。。
どうにか助けられる道はなかったのか。
なんて情けない嫁なんだ。。
子ども達からも、お父さんを奪ってしまって。
病気に無知すぎた自分が情けないし、申し訳ない。
そうは言っても、子ども達が社会人になるまでは何とか子育てしないと。
こっちでは私頑張るから、空からの見守りはよろしくなと。
やっぱりまだまだ一緒に子育てしような。
1人じゃ無理やで。
あれから涙が出ない日はないけど、子ども達の前では泣かないようにしよう。
そう頑張り始めたところです。
四十九日が過ぎた頃から、仕事にも戻り、沢山休ませてもらったのに、あたたかくまた働かせてもらえてる職場に感謝です。
ガンの告知を受けた時にお腹にいた末娘は、すっかりお喋りになって、今日も寝る前にパパとママ大好き〜って。
上の子達はお父さんって言うから、パパって言われたらパパもいいなぁって喜んでたな♡
聞こえてるかーぃ!!パパ!!
2023年、頑張るしかないから頑張るで、私。
いつまでも一緒やで、パパ。
パワー送ってな!!